【映画評】ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります --- 渡 まち子


画家のアレックスと妻ルースの老夫婦は、ニューヨークのブルックリンの街を一望できるアパートメントの最上階に、愛犬ドロシーとともに住んでいる。アパートにはエレベーターがなく、昇り降りが体にこたえることから、今後を心配したルースは、しぶるアレックスを説き伏せ、不動産エージェントで姪のリリーに頼んで住み慣れたアパートを売りに出すことにするが…。

40年間暮らした家を売って新しい家を探そうとする熟年夫婦の数日間を描く「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」。まずはNYの住宅事情の予備知識を少し頭に入れておきたい。アレックスとルースが住むアパートは、かつてはマンハッタンから弾き飛ばされた若くて貧乏なアーティストたちが住んだ地区。しかし40年の時を経て、そこは高級住宅街に変貌している。映画は、この時の流れを、引っ越しを決めた老夫婦のすったもんだの騒動の中に、若い頃の思い出を上手く挟み込んで、丁寧に描いていく。エレベーターこそないものの、そこは素晴らしい眺めの部屋で、屋上では家庭菜園も。室内は散らかってはいるが、家具も雑貨もすべて大切な思い出が詰まった愛しい空間だ。

描かれるのは、愛犬の急病と入院、ご近所で起こったテロ騒動、売りに出す家をみせる内覧会と競売…。様々な人種が肩を寄せ合って暮らしているNYの素顔も垣間見える。老夫婦が、まだ人種差別が激しい時代に異人種で結婚したこと、子どもができずにつらい思いをしたことなどをさりげなく盛り込み、確固たる信念を持つカップルが、最後に下す決断に感動を与えるのだ。フリーマン、キートンの両名優の滋味たっぷりの演技と、おしゃべりで世話好きの姪を演じるシンシア・ニクソンのコミカルな味と、役者も皆、好演だ。もちろん、愛犬ドロシーの“名優”ぶりも忘れがたい。不動産売買という人生の大きな選択を通して、深く愛し合う夫婦の忍耐と真実の愛を穏やかに描いて、何とも好ましい佳作に仕上がっている。
【70点】
(原題「5 FLIGHTS UP」)
(アメリカ/リチャード・ロンクレイン監督/モーガン・フリーマン、ダイアン・キートン、シンシア・ニクソン、他)
(ハートウォーミング度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年2月7日の記事を転載させていただきました(画像はアゴラ編集部)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。