アメリカ人のモーリーには信じられないだろうが、日本では政府が「政治的に公平でない」と判断した放送局の免許を停止し、電波を止めることができる。放送局を(その批判の対象である)政府が直接監督しているのは、OECD諸国では日本だけだ。
戦時中に国営放送NHKが大本営発表を垂れ流したので、GHQはこれを特殊法人にし、民放も含めて番組の内容は郵政省から独立した電波監理委員会で監督する制度にした。ところが郵政省はGHQがいなくなると、1952年に電波監理委員会を解散し、郵政省が監督する制度に戻した。
郵政省が実際に電波を止めたことはないが、そう脅したことはある。80年代後半にNHKの島桂次副会長は、週刊朝日のインタビューで「放送衛星の予算の半分以上をNHKが負担したが、離島対策にしか使えなかった。国産衛星を打ち上げたい郵政省のやつらにだまされた」などと、電波行政を激しく批判した。
NHKの幹部が監督官庁を「やつら」と呼ぶのは職員も驚いたが、郵政省はもっと頭に来ただろう。それが運悪く、3年ごとの免許更新の直前だった。全国各地の中継局に郵政省の「特別検査」が入り、「**県の**局のアンテナの前に大木があって放送に支障があるので免許の更新を保留する」といった多くの通告がNHKに来た。島氏は、あわてて郵政省に行って謝罪した。
だから高市総務相が「電波停止の可能性」に言及したのは、単なる脅しではない。そもそも放送に「政治的公平」を義務づけている国はほとんどない。アメリカでは地上波だけで1700局以上、ケーブルを入れると普通の家庭で300チャンネルぐらい見られるので、そのすべての局に政治的公平を求める必要はないからだ。
ところが日本の場合は民放連が多局化を阻止し、郵政省がケーブルテレビを過剰に規制したため、地上波局の占有率が欧米よりはるかに高い。だから低俗な「反安倍」番組に、政府がピリピリするのだ。
この問題を解決する方法は簡単である。鬼木甫氏も提言するように、ガラ空きのVHF帯に既存局を戻して新しい局も参入させ、競争させればいいのだ。この帯域ではNOTTVもサービスを停止するので、新しい圧縮技術を使えば数百チャンネルが収容できる。
同時に放送法も改正して免許を自由化し、買収・合併による参入も可能にすればいい。もちろん「政治的公平」を義務づける必要はない。インターネットと同じように、何が公平かは多くの選択肢の中から視聴者が決めればいいのだ。