お金のデフレ

黒田日銀総裁はデフレ脱却の為に金融緩和を続け、遂には日銀と市中銀行間の利息である「付利」を今月16日分の一定条件の預け入れ分からマイナス0.1%とすることにしました。その心は「市中銀行が日銀なんかにブタ積みせずに市場に貸し出しとして回せば銀行はもっと儲かるよ」ということでありました。ところが、世界で不況の足音がコツコツと聞こえ、デフレ再来と言われている中で溢れるマネーはより安全なものに向かっていきました。その一つが日本の長期国債であります。昨日は一時、マイナス0.035%まであったようですが、明らかに黒田総裁の意と違う方向に爆走しているように見えます。

欧州でマイナス金利が初めて生じたころ、トロントの証券マンとの会話は「マイナス金利はお金の保管料のようなもの。欧州ではマネーの安全性さえ分からない」といった内容だったのを覚えています。今、日本の市中銀行は稼ぎどころの国債取引からの収益が厳しい環境となり、金融機関の業績に懸念が生じ始めています。株価をみると昨日、三菱UFJは遂に500円割れをしました。この500円という水準は2012年に安倍政権が発足し、株価が急上昇した時以来であります。つまり安倍政権のキーワードだったデフレからの脱却を担い経済の血となるべく金融株は遂に振り出しに戻ったわけであります。

黒田総裁はモノのデフレを防ぐためにお金のディスインフレ、そしてデフレ化を行いました。いや、日銀だけではなく、他の国や地域でも同様で特にユーロ圏の中銀であるECB(欧州中央銀行)はむしろそれに先行していました。が、お金のデフレ化で明白な効果があったかといえば欧州では不明瞭で、むしろ、ドイツ銀行の様に経営懸念のうわさが広まったりするわけです。

お金のデフレとはどういうことでしょうか?端的に言えば今までよりも安いお金が手に入るということです。会社で銀行借り入れをしていれば金利が下がり、利払いが減り、会社の収益改善に繋がるでしょう。個人ならば住宅ローンをより組みやすくなり欲しかった憧れのマイホームを手に入れるというシナリオでしょうか?

しかし、このストーリーには大きな前提が隠されていることを忘れています。それは銀行は誰にもニコニコとお金を貸すわけではないということです。事業向け貸し出しは担保を要求されます。銀行の審査部とは事業の良否を審査するのではなく、貸し倒れの際の保全方法を考えます。よって「私の命を担保に」というドラマに出てくるような話はあまりありません。

住宅はどうでしょうか?ようやく貯めた頭金。しかし銀行は「今後の長期的な安定した収入」という担保を求めてきます。だから非正規社員ではローンを組みにくいのです。更に安い不動産といえば中古マンションですが、そのマンションが築何十年となれば建物の会計上の価値はほとんどない上、土地の持ち分比率が低く担保価値が十分に出ません。ようやく貯めた頭金相当もそこまで、という流れになってしまいます。

つまり、黒田日銀総裁の進める金利の低減化(あるいはマイナス化)は借金が出来る担保持ち(=金持ち)には得になりますが、一般市民にはほとんど効果がないということになります。

むしろ、お金のデフレを進めた結果、消費マインドがネガティブに向かうリスクを抱えています。2013年から一時的にモノが売れたのは我慢していた層が一気に購入に動いたからでその勢いが今でも続いているとは思えません。それともう一点、40代から下の人はバランスの取れた強い消費癖がありません。(自分の好きな特定アイテムに集中消費しやすい傾向があります。)よって今の政策を担う人達の年齢層の常識と明白に違う点を考慮するのが欠落しています。

では、お前ならどうするのか、とおっしゃると思います。正直、思想の根本的な破壊行為をしないと無理な気がします。つまり、インフレ2%目標を撤廃し、幸福度指数でも採用した方がよいのかもしれません。日本に於いてはバブルを知る世代とその後の我慢の時代に育った人たちであまりにも違いがあり過ぎます。ではどちらが主導するのかといえば戦前派と戦後派を比べるようなものでいつかは戦後派ばかりになります。

インフレになるかどうかは為替と資源や商品、生鮮品の価格次第です。気象条件等にも左右されるでしょう。労働力は世界に分散され、生産拠点は増え続け、製造効率は上がり続けています。それを一国の金融政策でドライブするのは難しいのかもしれません。

あまりネガティブにはなりたくないのですが、どうも時代のねじれを感じずにはいられない今日この頃であります。

では今日はこのあたりで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 2月10日付より