放送局に圧力をかけたい人
高市総務相の電波停止の重大発言は、だれかにそそのかされてやったのでしょうか=写真は総務省公式動画より、アゴラ編集部=。あるいは生半可な理解で、そう口走ってみたかったのでしょうか。右寄りでタカ派的なことをいうと評価される政権の体質を示す事例がまた増えました。
放送法4条は、放送事業者に「番組が政治的に公平である」ことを課しています。高市氏は「繰り返し違反し、改善しない場合、電波停止もありうる」と国会で答弁しました。放送法、電波法にも総務相が電波停止を命じることができるとの規定があり、官房長官は「当たり前のことをいったにすぎない」と、平然としています。
では、なぜこのタイミングでわざわざ波紋を呼ぶようなことを高市氏はしゃべったのでしょうか。この規定がはらむ問題が分らないまま、その一方でこうした発言をすれば、世の中がざわつくことは分っていて、そうしたのでしょう。高飛車な発言をして、本人はしてやったりの気持ちでしょう。
電波停止は抜けない宝刀
問題は「電波停止」の実際の意味を恐らく、担当大臣の高市氏が軽く考えていることです。具体的なケースを考えてみると、「電波停止」はとてもできない難題であることに気づきます。解釈次第では、放送局ににらみを利かせられる宝刀として置いてあるでしょうね。
沖縄の例を考えましょうか。米軍基地の辺野古移転問題で、猛反対が起きています。沖縄にはテレビ局もラジオ局も当然、あります。県民感情をバックに、放送局が「移転反対」に偏った番組を放送した場合、政治的な公平性を欠くことになります。「移転賛成」の県民もいるでしょうし、他県民を含む国論からみると、「反対」一色には問題があります。
「国論を二分するような政治課題で、一方の見解だけを繰り返し、取り上げてはならない」と、政府統一見解はいっています。かりに「電波停止」の措置をとったら、沖縄は火がついたような騒ぎになります。現実問題として、「電波停止」はまずありえません。
政権次第で変わる政治的公平
原発に対する賛成、反対はどうでしょうか。世論調査では、原発を減らす、ないし廃止が7割です。放送局が原発反対に重点を置いた番組を繰り返していると、原発容認の現政権、政府は放送法4条をちらつかせるでしょう。ではかつての民主党政権だったらどうしますか。「政権としても原発は廃止。国論も反対が賛成を圧倒している」として、廃止論の番組にクレームをつけないでしょう。
政治的公平の意味も、政権交代ですっかり変わってしまうこともありえます。そんなことは承知している安倍政権が電波停止問題を持ち出したのは、夏の国政選挙、憲法改正問題を念頭に置いていると推測されます。さすがに選挙で特定候補だけを取り上げたら、問題になります。過去にそのようなことを意図した放送局がありました。
憲法改正はどうでしょうか。国論は二分というより、世論調査では反対論が強いですね。放送局によって、取り上げ方の濃淡は現在でも感じられます。それでも政府統一見解にある「一方の政治的見解を取り上げず」、「相当時間、繰り返す」ということまではしていません。
官邸がまた牽制球か
かりに「電波停止」の措置を長期間、とったら、放送局は存続できません。日本の政権は言論弾圧に乗り出したとして、国際的にも非難されるでしょう。要するに、「電波停止」はちらつかせることに意味があるのですね。国政選挙、それに絡む憲法改正問題で、官邸がメディアをけん制しておきたかったのでしょう。
見解が分かれることが多い朝日新聞、読売新聞は同じような態度をとっています。朝日の社説は「政治的公平のように、いかようにも判断できる条文について罰則を持ち出してはならない」です。読売は「放送局の自律と公正が基本だ。特段の動きがないのに、電波停止にまで踏み込んだのは、いわずもがなではないか」と批判しています。
違うのは朝日が「放送法4条は放送局が自らを律する倫理規範」としているのに対し、読売は「放送局は自律的に公正、正確な番組作成に努める必要がある」とするのに留めていることです。安倍首相は「倫理規定ではなく法規であり、違反しているのなら、法にのっとり対応する」です。「倫理規定なのか、官庁側に権限があるか」は、法律的には大問題で、読売は態度を鮮明にしていません。今回の問題を取り上げるタイミングも読売は立ち遅れていました。
それにしても、高市氏が「私が総務相の時に電波停止はないだろう。将来にわたってまで罰則規定を適用しないということではない」とも語っています。閣僚として発言の重さをわきまえず、この人も踊らされて発言しているのですかね。
中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社の社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年2月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。