米国の「LIGO重力波観測所」の国際研究チームは11日、「アインシュタインが100年前に一般相対性理論で存在を予言した重力波を初めて観測した」と発表した。宇宙の謎に迫ることができる大発見だということで、世界は興奮状態となった。
重力波が何かを知らない門外漢も早速、専門書を開き、「重力波は何か」「今回の観測の意味」などについてにわか勉強に乗り出すほどだ(当方もその中の一人だ)。
▲「超新星爆発」NASA提供
ところで、重力波を観測できればノーベル賞は確実と久しく言われてきた。昨年物理学賞を受賞した梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長はノーベル賞受賞直後の記者会見で「今後は重力波の観測に全力を尽くしたい」と語り、“重力波の観測で2個目のノーベル賞も”と言った見出しが躍ったほどだ。
米の研究チームが観測に成功すると、オバマ大統領も早速、ツイッターで歴史的な快挙を祝福するなど、ここ数日は文字通り、重力波の初観測ニュースでもちきりだ。同時に、「これで2016年のノーベル物理学賞は決まった」といった声まで聞かれ出した。
ノーベル物理学賞が重力波の初観測の功績に送られることに異議を唱える学者は少ないだろうが、問題は重力波観測の功績で誰がノーベル賞を受けるかだ。研究チームを率いるカリフォルニア工科大学のデビッド・ライツィー教授か、それとも別の学者たちだろうか。
物理学の世界では昔、学者や研究家が実験室や書斎で新しい理論を構築したり、新しい現象を発見し、その功績でノーベル物理学賞を受賞してきたが、近年、チームによる研究、観測が主流となってきた。もはや1人や2人の学者が研究し、発見するには研究対象が余りにも膨大であり、観測する器材も個人の力で賄えるものではなくなったからだ。そのうえ、世界の学者が激しい競争を展開している。それに打ち勝ち、栄光を勝ち得るためには優秀な学者から成るチームが不可欠となってきたのだ。
物理学の世界でチーム研究が主流となってきたにもかかわらず、物理学賞を選出するスウェーデン王立科学アカデミーはこれまで個人を選出してきた。例えば、昨年のノーベル物理学賞を受賞したのは、素粒子「ニュートリノ」に質量があることを発見した東大宇宙線研究所の梶田隆章所長とカナダ・クイーンズ大学のアーサー・マクドナルド名誉教授の2人だ。青色発光ダイオード(LED)の開発に成功した赤﨑勇博士、中村修二博士、天野浩教授の3人の日本人学者は2014年のノーベル物理学賞を受賞した。受賞者は複数だが、個人受賞だ。
素粒子の質量があることを発見した梶田所長も「カミオカンデ」という観測装置を駆使しての快挙だが、背後には、その観測装置で多数の学者が共同で観測している。だから、数人の学者だけを選び、その功績を称えるのは公平ではない、と言った声が出てきても不思議ではないわけだ。独週刊誌シュピーゲル電子版12日はその点を問題視している。
2013年の物理学賞はフランソワ・アングレール氏とピーター・ヒッグス氏の2人が受賞した。受賞理由は「素粒子の質量の起源に関する機構の理論的発見」だった。実際、観測に貢献したのはジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究所(CERN)だ。CERNは大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使ってヒッグス粒子の存在を確認した。物質に質量を与える存在として“神の粒子”とも呼ばれ、ノーベル賞級の大発見だったが、翌年のノーベル物理学賞にはCERNの名前はなかった。
シュピーゲル誌は、「物理学賞の場合、研究チームや団体が受賞するということがなかった。その点、ノーベル平和賞は国連機関や欧州連合(EU)といった団体が過去、26回、受賞している」と指摘している。
スウェーデン王立科学アカデミーはメディアの注目度が大きい個人受賞に拘っているのかもしれないが、今回の快挙を実現した「LIGO重力波観測所」には世界15カ国、1000人以上の科学者が参加しているのだ。個人受賞が妥当だろうか。
2005年の平和賞は、国際原子力機関(IAEA)のモハメド・エルバラダイ事務局長とその団体、IAEAが同時受賞した。物理学賞でも個人と団体の同時受賞といった多様な選出を考えるべきだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。