世界に100万個の世界一

岡本 裕明

大企業がマーケットシェアを争い、熾烈な闘いをしています。2番ではダメだ、1番を取れ、と多くの企業の会議室では号令が飛び交っていることかと思います。

この大企業のシェア争いの原点は何処にあるか、と紐解けば私は1920年代のフォードとGMの争いを一例として掲げたいと思います。当時、フォードはT型を売り出し、爆発的人気を博しました。但し、色は黒一色で誰も彼も皆同じ車でした。それでも車という文明に接し、自転車や馬から皆乗り換えて行ったわけです。フォードは当時、フォードシステムという製品の徹底的規格化、量産体制の確立、更に労働面でテイラーシステムを取り込み、価格優位性を打ち出しました。

ところが、GMは広告、販売網、自動車金融という手法を生み出し、カラフルな車を売り出し、フォードに対峙します。結果として1926年、GMのシボレー攻勢に敗れフォードはT型の生産をやめます。この古い話はよりよい選択肢を求めていく消費者の成長の原点ともいえましょう。

消費者は企業の思惑とは別に様々な方向に向かって成長し、且つ、現代ではSNSによってその情報が瞬く間に伝播するようになっています。企業の得意とするところは消費者が求める製品を作ることですが、その消費者はよりわがままになり、より気が短くなり、よりエキストリームを求める傾向すらあります。そしてそこには好みのバラツキという大企業にとって最大の悩みがはっきりと浮き出てきています。

ファーストフード業界を見てみましょう。北米ではサンドウィッチを注文する時、「あれ入れて、これ入れないで」というカスタマイズをするのがごく普通です。レストランのサーバーは「お運びさん」ではなく、客の我儘をいかに実現させるか、キッチンとの戦いであり、その努力に対してチップが貰える時代かもしれません。

ユニクロはなぜ、自分だけのカスタムTシャツを売り出したのか、これもこの時代の流れにヒントがあります。もともと衣料業界はファストファッションに代表されるように製造小売業(SPA)の形態をとり、なるべく早くその時の売れ筋に合わせて商品を供給してきました。が、ベーシックのユニクロの最大の難点は上述の自動車の例で言うT型フォードと同じでありました。完全効率化の製品を驚くべき価格でお届けするというスタイルだけでは消費者の成長とずれが生じてしまいます。正にこの問題の本質は1920年代以前から存在していたわけです。

「街を歩けばユニクロに当たる」だけではなく、1980円の服、2980円の服、と指さされるのでは恥ずかしいと思い始めた層を取り戻すために「あなただけの…」という製品を売り出すわけです。

日本企業が世界の市場占有率で高いものを誇っているのは部品メーカーなどBtoBを通じた製品が多く、消費者が購入する最終財はこのところ、苦戦しているものも多いようです。これは先進国であればあるほど人々の個性はより強烈に生み出され、明白なライフスタイルの相違を認識しながら自分への価値観を高めていくからではないでしょうか?

「旨い店」の定義は誰もが行く「○○レストラン」ではなくなるかもしれません。自分だけの隠れ家であったり、今後は自らがシェフになり自分の創作料理を生み出していく気がします。定年退職して何しようか、という時、男性はなぜか突然そば打ちを習う人が多いようです。ソバ屋をやるのではなく、自分の好みのそばを自分だけの為に作るファッションであります。若い人向けにはABCクッキングが人気だろうと思いますが、あれもその流れを汲んでいる料理スクールであります。決してそこで学んで飲食店をやるわけではないのです。

タイトルの「世界に100万個の世界一」とはそういう意味なのです。人のこだわりはより進化し、その先には企業が提供するものでは満足できなくなるという意味であります。バンクーバーやシンガポールの高層マンションはその突飛なデザインや外観で人気が決まるようになっています。四角いコンクリートの箱に住むだけではなく、芸術や美学を自分のこだわりと合致させるという進化でしょう。

こう考えると最終消費財に於いて汎用品はより少なくなり、カスタマイズしたものが求められる時代になりつつあるとも言えます。これは世界に一つしかない世界一の商品という表現もできそうです。

大企業のマーケティング戦略の根本が揺るがされるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 2月27日付より