任那を教科書に載せるなと韓国国会は決議したが --- 八幡 和郎

アゴラ


▲古代朝鮮の勢力構図(Wikipediaより、アゴラ編集部)


日韓慰安婦問題で痛感したのは、日本人がしっかりと歴史について日本国家としての言い分を理解していないから、相手国の一方的な主張に惑わされてとんでもないことになるということだったと思う。なにも韓国人に日本側の認識を押しつける必要はないが、よく考えずに同調すれば国益も国民としての誇りもひどく毀損するのである。

それは、近代史だけでなく、古代史でも同じだ。韓国の国会は日本の歴史教科書に「任那」という記述があることについて昨年の4月に糾弾決議をしているし、日本の歴史教科書でも日本支配の事実を曖昧にしたり伽耶といいかえようとしたりしている。

しかし、中国の正史にも雄略天皇とみられる倭王武が新羅、百済、任那を含む朝鮮半島南部の支配権を要求し、南朝の皇帝も百済を除いて認めたとあるし、好太王碑にも同様の記述がある。「日本書紀」や「古事記」に書いてあるだけではないのであるし、奈良時代に至るまで日本政府は任那への潜在主権の存在を主張し、新羅もそれを認めていたのである。

任那というのは、本来は、慶尚道南西部の狭い範囲のことだが、それを日本支配地域全体をさして使うことがあるのは、ヤマトという言葉を日本全体を指したり、ネーデルランドをオランダという中心地域の名で呼ぶのと同じで間違いでもなんでもない。

それに大事なことは、韓国・朝鮮国家とか言語・民族は新羅が周辺諸国や他国領を侵略した結果として生まれたものであって、百済や高句麗が韓国・朝鮮民族の国だったわけでも韓国・朝鮮語を話していたわけでもない。

日本側としては、任那は新羅(韓国)に侵略された日本の領土であり、百済は日本の伝統的な友好国であって、ソウル付近にあったが、高句麗(北朝鮮)に領土を奪われ、日本から半島南西部を下賜されて再興したが、唐(中国)に征服され、さらに、新羅(韓国)にその領土を横取りされたということが古代人がその時代に持っていた歴史認識であるし、それでいいと思う。

また、もうひとつ、日本が百済から導入したものは韓国から学んだことになるかだが、日本に知識や技術をもたらした帰化人のほとんどは、漢民族が百済経由で来ただけのことだ。王仁博士も止利仏師も秦氏もみなそうだ。もちろん、百済が仲介をしてくれたのは確かだが、いってみれば在日韓国人がキムチの作り方をアメリカ人に教えたら日本のおかげというようなものだ。

それから、もっとひどい話は、日本の皇室などが半島人だというのは、日中韓いずれの史書にもまったく痕跡すらない。ところが、想像力たくましくそういうことを言う人がいるし、政治家でも小沢一郎氏が韓国での講演でそれを肯定する発言をしたなどというのは、まったく、信じがたい話だ。

中国と韓国・北朝鮮は、高句麗や渤海の後継者がどちらだとかいってユネスコまで行って喧嘩している。日本人も彼らの10分の1くらい歴史認識で愛国的になっても罰が当たるまい。



八幡和郎  評論家・歴史作家。徳島文理大学大学院教授。
滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。


編集部より;この原稿は八幡和郎氏のFacebook投稿にご本人が加筆、アゴラに寄稿いただました。心より御礼申し上げます。