いよいよ日本独自の風物詩ともいえる新卒採用が始りました。今回は短期決戦ですから学生は大変です。多くの就職情報誌では内定を取るための秘訣が、これでもかと丁寧にご披露されています。しかし残念ながらそのほとんどはムダな産物です。
●新卒採用が詭弁である理由
詭弁という単語を辞書で調べてみました。次のように書かれていました。
1)道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。
2)論理学で、外見・形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法。
新卒採用とは「詭弁の産物」でしょう。毎年、新しい就活生が就活をして、毎年、新しい新入社員が入社します。採用担当者も学生の年齢に近い若手をアサインすることが多いので、数年という短いスパンで異動をすることになります。よって毎年、同じパターンの新卒採用が繰り返されることになります。これこそが毎年繰り返される新卒採用の詭弁です。
新卒採用関連の媒体を読むと各社の採用意欲が高まっている記事がならびます。ところが、企業にとって最も関心が高いのは学歴です。特に最近は「学力重視採用」への回帰が発生しています。面接で見分けられない人物素養よりも、大学、成績、SPI等の検査で数値化できる学力に重きを置くのはむしろ当然の流れかも知れません。企業が学力を重視する理由は主に3つ挙げられると思います。
1つ目の理由
有名大学の学生には原則的に外れが少ないことが挙げられます。入社試験をやらせても高得点は有名大学の学生のほうが多く、受験という競争において勝ち残り、努力をしながら成果として達成してきた実績があることが評価されています。
2つ目の理由
企業におけるこの共通項の一つが学閥になります。特に大手企業には学閥が存在することが多く、学閥=採用実績校となるため、採用実績校ではない学生は事前にふるいにかけられてしまうことが多くなります。
3つ目の理由
「採用が上手くいった」「採用が成功した」という本質的な理由は「有名大学の学生が何名採用できたか」を表すことが多くなります。例えば、採用担当者が今年の採用は上手くいったと上司に報告したとします。恐らく、多くの上司は「何処の大学の学生が何名採用できたか」報告を求めてくることになります。有名大学でなかったり、採用実績校ではない学生では上司は評価することが難しくなります。
●ESに時間をかけることはムダである
大学のキャリアセンターでは、専門家を講師として招き、学生向けの自己分析講座を開設しています。自己分析とは、過去の経験や出来事から価値観などを整理し、志向タイプをはっきりさせて、自分の強みや弱みを明確にしながら自分自身の軸やパターンを発見することです。
多くの学生にとって自己分析は新鮮に映ります。しかし「企業の採用と学生の就活」の双方にたずさわった経験から申し上げるなら、学生が自己分析することに力を注いでも、就活ではほとんど意味がありません。
それどころか「自己分析で見つけた強み」という思い込みは、誇大妄想になりかねません。誰もが実績として認めて数値化できるようなものでない限り、自己分析が他者と一線を画するほどのオリジナリティに溢れていることはまずないからです。
また、「エントリー数を絞って、1社あたりの力の入れ方を変えなさい」と指導をしている就活講座や就活本が多いですが、エントリー数を絞っていくことは可能性を狭めることと同じです。
エントリー期間を過ぎてしまったら、二度とエントリーができないからです。エントリーができないということは、発車してしまった電車に飛び乗ることができないのと同じ理屈です。選考の機会を逸することを意味します。就活において、受験する企業数をある程度確保することは大切です。志望と思った企業には、必ずエントリーをしなくてはいけません。
そのため、エントリー段階で必要とされる、ESは業界別に数種類を用意してください。基本は企業名を変えるだけで使用可能なコピペのESで充分です。また間違っても自筆では書かないことです。効率性を重視してPCで作成してください。
●学生の皆さまへ
自己分析が時間のムダであることを申し上げました。自己分析をすることによる最大の問題点は「自分は何者かを探し求める」あまりに、自分をひとつの型にはめてしまうことにあります。
たとえば、事業で成功して社会的に地位のある人でも、自己分析ができていない人はいます。自分の軸がない人もいます。それ自体は悪いことではありません。軸を持たずに、自分のやりたいことや思考を目まぐるしく変化させるのは、世相や時代環境にあわせて変化していく柔軟な思考力を持っているということです。就活の限られた大事な時間を自己分析に費やすよりも、他にやるべき大切なことに費やすほうが賢明です。
尾藤克之
コラムニスト
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