国論の二極分化は悲劇を生む

松本 徹三

▲米国の“極論”を象徴するサンダース、トランプ両氏(Wikipediaより、アゴラ編集部)


 

二極分化の進む米国

トランプ旋風はそろそろ米国民を不安にし始めた。共和党の主流派が真剣に憂慮し始めただけではなく、あからさまな差別と敵意をぶつけられたマイノリティーが騒動を起こし始めたからだ。心の中で思ってはいたが口には出せなかった事を、彼がズバリと言ってくれたので、タブーから解放されたと感じた米国民が相当数にのぼったのは理解できる。しかしタブーはそんなに簡単に破れるものでもない。

 

色々な面でモヤモヤ感から抜け出せず、「米国の強さ」を真正面から誇示してくれそうな大統領候補を心密かに待望していた米国人が多かった事は理解出来る。面倒な事をあまりあれこれ考えず、単純明快な答えを出したいのは米国人の特質でもあるからだ。しかし、外国人は概ねそんな「剥き出しの米国人」には好感は持てない。また、米国が自分勝手になり、それ故孤立すれば、世界のバランスが崩れる事を真剣に懸念する外国人は世界中に溢れている。そうなると、これを憂慮する良心的な米国人の数も次第に多くなっていくだろう。

 

大統領選がトランプとクリントンの対決となれば、トランプを嫌う一部の共和党支持者を取り込めるクリントンに分があるのは明らかだ。しかし、民主党の候補者がサンダースになると、基本的にはどちらも忌避したい中間層は股裂き状態になり、最終的な帰結はどちらに転ぶかわからなくってしまう。

 

白黒をつけるべき時に来た日本

振り返って日本はどうだろうか? 来るべき参院選で安倍首相がどういう戦略を打ち出してくるかはまだ分らない。アベノミクスのメッキが剥げ、経済がいつまでも持ち直さないと、「経済で勝負」というこれまで思い浮かべていた戦略は見直しを必要とされる事になるからだ。

 

経済では勝負出来ないとなれば、安倍首相は衆参ダブル選挙は諦め、改憲の発議に必要な参院の3分の2を取る事を前面に打ち出した乾坤一擲の選挙戦に打って出るかもしれない。ここで仮に目的の達成に失敗しても、惨敗でない限りはその後の政局運営に特に支障はないし、もし成功すれば、これまでは誰も破れなかった「3分の1の護憲派の壁」を打ち破り、これまでのモヤモヤした「違憲論争」に遂に終止符を打った史上初の総理として、歴史に名を残す事が出来るからだ。

 

私自身は、もしそうなれば、それは望ましい事だと思っている。自民党の一部の人の中には「改憲なんかを選挙の目玉にすれば、バラバラの野党を結集させてしまう」として反対する人も多いだろうが、別に政権を争う選挙ではないのだから、その方がこれまでのモヤモヤが晴れて良いのではないか? これまでの安倍首相への最大の批判は「憲法をないがしろにしている」という事であり、それはそれでかなり妥当な批判だったから、安倍首相としては「憲法は勿論尊重するが、現在の憲法は人によって解釈が別れるのが問題だ。だから改憲しかない」言い切る方が筋が通る。

 

現在の左翼勢力は「野放図な市場経済主義を抑制し、弱者への配慮をより手厚くする」という本来の目標とは関係ないところで、「反安保」「反原発」で結集している。この双方とも重要な問題であり、真剣な議論が必要なのは疑いもないが、現在の左翼勢力に欠けているのは、「それではどうするのか」という対案となる現実的なビジョンだ。「子供達の為」とか「平和」とかの漠然とした「美しい言葉」だけに頼り、「苦渋の選択」を迫られている「厳しい現実」を見ていない。自民党は、むしろ、この事を「無責任」として真っ向から攻撃すればよい。

 

しかし、二極分化は何も良い事をもたらさない

 選挙の結果がどうなるかは勿論大きな関心事ではあるが、私はむしろその後の事により大きな関心がある。米国社会も日本社会も、異なった考えを一箇所に収斂させていく努力をする人が出てこなければ、社会に剥き出しの憎悪が広がり、前向きの政策が推進しにくくなる。「両極」が時の勢いでそれぞれに極端に走り、妥協の余地がなくなると、一方が他方を徹底的に無視或いは弾圧して、自らの信じるところを強引に推し進める事になるから、無視された方は追い詰められ、非合法な活動に訴えるしかなくなる。

 

人間というものは、誰か「悪い奴」「怪しからん奴等」がいて、これを攻撃する時に最も精神が高揚する。「暴政を行う独裁者」や「欲深く冷血な資本家」や「賄賂にまみれた官吏」は、この為にどうしても必要だ。だから、すぐにでも実現しそうな「革命」を夢見た「かつての左翼」の活動家達が最も嫌がったのは、物分かりの良い「修正資本主義者」や漸進的な「社会民主主義者」だった。

 

しかし、現在の米国や日本の様なかなり成熟した民主主義社会では、夢想的な「革命」は「不必要」である以上に「有害」であり、現実的で漸進的な「改革」のみが望まれている。しかし、この様な社会にも落とし穴はある。最も危険なのは、改革が遅々として進まない場合に起こり得る「後先を考えない『怒り』の暴発」だ。これは、かなり簡単にファシズムに繋がる。

 

例えば米国では、「中間層を直撃する国内製造業の衰退」「格差の拡大」「イスラム過激派によるテロの横行」「メキシコなどからの不法移民の増大」等に対する

人々の怒りが、「トランプ氏の様な一人の有能なアジテーター」によって一つに結集する可能性もある。トランプ氏がファシストになるとまでは言わないが、彼の掲げる「米国至上主義」は必ず他国に大きな影響を与え、現在曲がりなりにも機能している世界秩序のタガが外れて、世界中に混乱が広まるだろう。このツケは、結局は米国にも回ってくる。

 

日本だって、安倍政権の政策に反対する野党勢力が、「現実との整合性を欠く現行憲法」にいつまでも拘り、「経済を破綻させかねない原発ゼロ政策」に固執し、「自分の国よりも近隣諸国に帰属意識を持っているかのような一部の人達」と平気で連帯し、「問題はデモによって解決出来る」「若者の心はラップで掴める」とでも考えているかの様な「古色蒼然たる戦術」に頼っていれば、結果として「こんな連中は切り捨てていけば良い」と考える保守強硬派を助け、これが却って「一部の国民の喝采」を浴びる事にもなりかねない。

 

必要とされるのは何か?

 結論を言おう。

 

今米国に求められているのは、外においては、「世界の安定の為に必要な米国のコミットメント」を堅持しながら、内においては「現在の行き過ぎた格差」を抜本的に是正する政権だ。この政権は、「教育と医療の両面において、極めて困難な状況に置かれている弱者」を救う事にも意を注ぐべきだ。トランプ氏に対する強力な対抗馬を未だに擁立出来ずにいる共和党は、しばらく政権を諦めた方が良い。

 

日本に求められているのは、現実的な「対案」を出し「安倍政権の政策を牽制出来る」健全な野党だ。もう済んでしまった事なので繰言になるが、民主党は分党すべきだった。労働組合を基盤にする人達は社民党と合併し、野田氏、長妻氏、前原氏などが維新と合体すべきだったと思う。新社民党は共産党などと連携すればよいし、維新と合体したグループは、あくまで将来の政権復帰を目標として、安倍政権の政策に是々非々で臨みながら、時間をかけて国民の信頼の回復を計っていくべきだった。

 

これからの健全な野党が取るべき政策としては、原発関係では、先ず非現実的な「原発ゼロ」政策は捨てるが、「安全対策の徹底(現状は不十分)」と「原発への依存度を軽減する長期的展望」の二点で、政府を強く牽制していくべきだし、安保関係では、先ず「自衛隊の法的な基盤」を他国の軍隊並みに正常化した上で、「米国との関係」を明確化する、即ち、米国からの「只乗り批判」を回避しつつも、「米国の世界政策への盲従は拒否する」立場を堅持する様に、政府を牽制していくべきだ。

 

経済政策については、リフレ策を峻拒して「財政健全化」を目指し、「既得権の打破」に全力を傾注し、「市場原理主義の行過ぎ」を監視し、抜本的な「格差是正策」を推進し、経済成長を若干犠牲にしてでも「弱者の救済」に注力する路線を取るべきだ。個々の政策については、政権党の政策に是々非々で対応するとしても、自民党が未だに古い体質にとどまっている点を衝き、同じく古い体質の「労働組合」の軛から自由になったメリットを生かして、「思い切って斬新な改革路線」を打ち出すべきだ。ITの積極的な活用も、一つの鍵となるかもしれない。