サウジがイランの輸出増をブロックしている

日経新聞の久門ドバイ特派員が「イラン原油の輸出増加 増産凍結、サウジ不参加も」と題して、今日4月4日の13;17に次のように報じた。

「イランのザンギャネ石油相は3日、3月の1日あたりの原油輸出量が200万バレルを越えたことを明らかにした」

英字紙は「200万バレルにはコンデンセートも含まれる」と発表したとしているが、日経は書いていない。

だが「200万バレル」は、イランの石油事情を知っている人なら誰もが「おかしい」と思う数字だ。なぜなら、制裁解除前のイランの原油輸出はアジア向けに100~120万B/Dほどで、これを200万B/D程度に増加させるというのが、イランが公言していることであり、生産量=輸出量の増加は、技術的な問題もあって時間がかかることも伝えられているからだ。

またコンデンセートは、サウスパース天然ガスの付随として生産されているもので、量としてはさほど大きいものではない。だから「一日あたり200万バレル」をまともに受け止める業界人は誰もいないのだ。

また、アメリカの国内法である「イラン包括制裁法」はまだ有効で、アメリカの企業は依然としてイランと正常な商取引はできない。アメリカの石油会社はもちろん取引できないが、さらにヨーロッパ向けイラン原油の輸出増の妨げになっているのが、銀行であり、保険会社だ。

アメリカの銀行がイランと取引ができないため、世界中の誰もがイラン原油の代金を米ドルでは支払えない。だから米ドル以外での決済を余儀なくされている。またイランに向かうタンカーに保険をかける場合、アメリカの保険会社が再保険を引き受けられないので、保険市場が逼迫しており、高額なプレミアムがついている。

これらが、技術的な問題に加え、イラン原油の輸出がそう簡単には増えない理由の一つとなっているのだ。

この日経の記事はミスリーディングだな、と思っていたら、イラン原油の輸出現況をFTがきちんと報じてくれた。

いま流れているFTの記事は、“Saudi Arabia acts to slow Iran’s oil exports” (30th April 2016 1:35pm) というものだ。

これによると、制裁解除後、ヨーロッパ向け原油輸出はさほど増えていない。タンカー業界の情報では、4月中旬までに1,200万バレル(3ヶ月とすれば約13万B/D)のみがヨーロッパ向けに積み出されたとされている。(アジア向けがどれだけ増えたかは不明)

イランの沖合に石油を貯蔵して浮かんでいるタンカーは年初より10%ほど増えており、5,000万バレルほどになっている。

さらに2月段階で、イランに向かおうとするタンカーはサウジおよびバハレーンの港はもちろん、海域にも事前許可がなければ入れない(通常、200万バレル程度積載するVLCCは、2~4港回って異なる何種類かの原油を積む)とのサーキュラーが関係者の間で回っており、多くのタンカーは行きたがらなくなっている。その結果、イラン積みのタンカー運賃が33%ほど高くなっている。

また、イランはSUMEDというパイプラインも、付属しているタンク基地も、実質的に使えなくなっている。(このパイプラインはSuez-Mediterranean Pipeline、エジプトが50%所有し、サウジ、クゥエート、UAEが15%ずつ、カタールが5%保有している。スエズ運河を迂回するルートで、スエズ港の南西Ain Sukhnaからカイロの南を通って、アレキサンドリアの西側、Sidi Kerirまで320km伸びている。輸送能力は250万B/Dあり、VLCCで運んで来て、Sidi Kerirのタンクに一時的に貯め、そこからは小型タンカーでヨーロッパに中東原油を運んでいる。スエズ運河を通れる小型船でペルシャ湾から運ぶよりは割安になる)トレーダーたちは、サウジの意向が背後にあるのでは、と噂している。

なお、昨年のイランの原油輸出量は110万B/D(制裁前の約半分)だったので、ザンギャネの「200万B/D」コメントは「higher than many estimates」と、素っ気無く伝えている。

断交しているサウジ・イランの対立はしばらく続きそうだ。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年4月5日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。