法王文書「愛の喜び」の理想と現実

ローマ法王フランシスコの婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」(原題 Amoris laetitia)が8日、公表された。256頁に及ぶ同文書はバチカンが2014年10月、昨年10月、2回の世界代表司教会議(シノドス)で協議してきた内容を土台に法王が家庭牧会のためにまとめた文書だ。“現代の家庭生活”についてのフランシスコ法王の指針だ。


▲復活祭の記念礼拝をするフランシスコ法王(2016年3月27日、独公営放送の中継から)

注目すべき点は、法王が「解決策は常に上からくるわけではない」と指摘し、バチカン中央集権体制の見直しを示唆していることだ。ローマ法王は世界12億人のローマ・カトリック教会信者の最高指導者であり、ペテロの後継者法王は過ちを犯さないといった「法王の不可謬説」がこれまで信奉されてきた。南米出身のフランシスコ法王は「ローマの教え(バチカン)を常に仰ぐ組織体制は良くない」とはっきりと述べている。ちなみに、世界的神学者でバチカンの代表的批判者ハンス・キュンク教授は1979年、ローマ法王の「不可謬説」を否定したために、当時の法王ヨハネ・パウロ2世から聖職を剥奪されている。

その上で法王は現実重視の姿勢を強調し、「家庭問題で抽象的な神学的理想にとらわれ過ぎて現実を無視してはならない」と警告を発している。バチカンではフランシスコ法王の「現実主義」と呼ばれている内容だ。家庭問題や愛で悩む信者たちを牧会するためには、信者の生活の現実を直視し、それに対して適切な指導が必要というわけだ。

法王文書のハイライトは「愛」だ。文書のタイトルには、単なる隣人愛といった内容ではなく、性愛を含んだアモール(Amor)という言葉を恣意的に使っている。

法王は、愛の熱情とエロスに関する信頼性と献身について述べ、「性生活は生命の充実に関わり、ポジティブな基調を含んでいる。その究極性は夫婦の愛の中にある」と述べている。

シノドスで集中的に議論されてきた再婚・離婚者への聖体拝領問題では、法王は最終決定を下すことを避けている。「個々の状況は非常に複雑だ。それらの事情を配慮して決定すべきだ」と述べ、全てのケースに応用できる処方箋を提示せず、現場の司教たちにその判断を委ねている。

「中絶」は従来通り、認めない姿勢を強調する一方、同性愛問題では「性差で差別したり、迫害することは許されない」と戒めている。ただし、同性婚を神が願う婚姻とは見なさない教会の立場には何も変化はない。

フランシスコ法王は「家庭牧会では具体的な状況下、無数の違いを考慮しなければならない。教会法の改正や新たな教会規格はない。信者たちが自身の道を見出し、教会の共同体に参加し、無条件の愛を感じることができる人間となるために手助けしなければならない。牧会は教会の教えや規格を安易に実践することではない」と諭し、教会の教えと共に、個々の良心の決定の重要性を主張している。

オーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿は同日、バチカン放送とのインタビューに答え、「法王の文書は家庭の喜び、婚姻の喜びを記したもので、愛に対し大きなイエスを表明したものだ」と評価している。

法王文書から新しい内容を期待した信者たちやメディア関係者には失望の声が出ているが、ローマ法王の文書には注目すべき内容が含まれている。繰り返すが、そこにはバチカン中央集権的教会運営から決別し、現場の声を重視した現実主義の芽生えが見られるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。