日経新聞によると、政府はTPP(環太平洋経済連携協定)の承認を今の国会では見送るそうです。これ以外にも残業の制限をなくす「脱時間給制度」やカジノ法案などの成立をあきらめたそうですが、会期は6月1日まであるのに、なぜ大事な法案が通らないんでしょうか?
その理由は「熊本地震で国会の日程がきゅうくつになったから」ということになっていますが、それならTPPを先に審議すればいい。本当の理由は、こういう法案は野党が反対しているからです。特にTPPは農村部で反対が強く、野党が物理的に抵抗して「強行採決」になると夏の参議院選挙に影響すると、自民党が判断したんでしょう。
戦後の日本の政治は自民党の長期政権が続いてきましたが、それは「一党独裁」ではありません。たとえば小選挙区制は1960年代から何度も提案されましたが、いつも審議がもめているうちに時間切れで廃案になり、成立したのは1994年でした。
本当はそれぞれの委員会の委員長が採決すると決めればできるのですが、議院運営委員会で野党が実質的な拒否権をもっており、与党がいうことを聞かないと欠席したりします。委員会の定足数は半数なので、自民党だけで採決してもいいのですが、そうすると「強行採決」と非難されるので、野党のいうことを聞くのです。
さらに議運に出す前に国会対策委員長会談があって、そこで与野党が話し合って審議日程を決めます。昔はここで「野党対策費」が使われたりして、野党はお金をもらった法案は抵抗するふりをして最後は通しましたが、最近はこういうお金も使えなくなったので、審議はやりにくくなりました。
こういう国会を野中尚人さんは「ガラパゴス政治」と呼んでいます。どうしてこういう慣例ができたかには諸説あり、野中さんは戦前の議会が軍部に抵抗できなかった経験から戦後できたと考えていますが、戦後改革の中で議会中心のアメリカの制度が移植されたという説もあります。
いずれにせよ結果としては、自民党は絶対多数であっても、その出した法案は通るとは限らないのです。その意味で日本の国会は実際には多数決ではなく、全会一致に近いのです。
しかし野党がいやがるからといって先送りしていると、みんなが賛成するバラマキ福祉や減税は通るが、増税は通らないので、財政赤字がどんどん増えます。日本の政府の借金が世界一になった一つの原因は、こういう過剰な民主主義なのです。
与野党が話し合うのは悪いことではありませんが、仲よく話し合ってすべてが決まるなら、選挙も国会も必要ありません。特にこれから人口が減り、経済が縮小してゆくとき、みんなにいい顔をしていては何もできません。安倍さんが「第3の矢」と呼ぶ構造改革を実現するには、まずこういう国会改革が必要です。
ところで今度、「アゴラこども版」がまとまって『今さら聞けない経済教室』という本になりました。中身は大人むけですが、高校生なら読めると思います。中学生でもがんばれば読めるので、挑戦してみてください。東洋経済新報社から、4月29日発売です。