ノルウエー政府はアンネシュ・ブレイビク受刑者(37)の大量殺人の現場となったウトヤ島に犠牲者の慰霊碑を建立する計画だ。同国政府によると、慰霊碑には全ての犠牲者の名前を刻み込むという。その計画が明らかになると、同島の自治体ホール(Hole)の住民から慰霊碑の建立反対の声が飛び出している。そのため、今年建立予定が来年に延びた経緯がある。
ウトヤ島で労働党青年部の集会が開かれていた時、ブレイビクが襲撃、青年たち69人を次々と射殺していった。逃げる青年たちを執拗に射撃、海に飛び込む青年に対しても射撃したという。ブレイビクはオスロの政府建物テロ爆発の被害者8人を含め77人を殺害した。単独犯としては世界最大の大量殺人事件だった。
あれから今年7月22日で5年が経過する。前日のコラムでも紹介したが、ブレイビク受刑者は収監状況の改善を訴えて裁判を起こし、当局側から一定の譲歩を勝ち取ったばかりだ。受刑者はこれまで一度も犯行に対し謝罪や悔い改めを表明していない。
ノルウェー政府が犯行現場のウトヤ島で慰霊碑建立計画を公表すると、同島の自治体ホールの住民が反対した。悲惨な事件を常に想起させる慰霊碑にやり切れなさを感じるからだろう。
慰霊碑建立に抗議する島民は犠牲となった青年たちの家族や関係者ではない。多くの青年たちはオスロ市など他から島を訪れ、集会に参加し、悲運に遭遇した。だから、自身の島が最悪の犯罪現場として歴史に刻み込まれることに、島民が抵抗を感じるのは自然だ。
それでは息子、娘の名前を刻んだ慰霊碑を犠牲者の家族や関係者は本当に願っているだろうか。犠牲者の家族から積極的に慰霊碑建立を求める声はなかった。慰霊碑建立案は政府側のイニシャティブではないか。
ここまで考えてきた時、韓国の慰安婦像(少女像)を思い出した。岸田文雄外相と尹炳世韓国外相は昨年12月28日、ソウルの外務省で会談し、慰安婦問題の解決で合意した。「最終的、不可逆的な解決」の合意事項の中には駐ソウル日本大使館前の「少女像」の撤去問題も含まれている。
日本大使館前の「少女像」の撤去について、韓国外相は「解決のために努力する」という表現に留めてきた。韓国メディアは、国民の66.3%が「少女像」撤去に反対という調査結果を報じている。
韓国側は慰安婦問題では世界各地で慰安婦像を建立し、日本を激しく批判してきた。戦時の悲しみを刻み込んだ慰霊碑や少女像の撤去を求める声は韓国内では聞こえない。
慰安婦問題が日韓の主要テーマとなって以来、当方は慰安婦となった女性やその家族は慰安婦像の建立を本当に願っているかどうか考えてきた。なぜならば、悲しみを癒すべき時間を恣意的に止め、常に悲しみに直面させるような言動は犯行と同様、関係者には非情ではないかと思うからだ。もちろん、悲しみへの対応は個々の感受性によって違ってくる。
当方は全ての歴史的記念碑や慰霊碑に反対しているわけではない。戦争を二度と繰り返さないために戦争時の蛮行を戒め、犠牲者を慰霊することは重要だ。ただし、悲しみは関係者、家族が心の中で整理、昇華し、祈るのが最善の慰霊と信じている。
ウトヤ島民が慰霊碑建立に抗議するのは分かるが、韓国側はなぜ慰安婦像撤去に強く反対するのだろうか。韓国民族の本来豊かな感受性がどこへいったのか。慰安婦像は韓国歴史と民族の恥辱以外の何ものでもないはずだ。その像を撤去しようとする韓国国民が出てこないほうが不思議だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。