The Economist:大きな上場

岩瀬 昇

この記事を読んで安心すると同時に、見えないカーテンの向こう側で何が起こっているのか、不安にもなった。英誌 The Economistが “The big float” と題して2016年4月30日に掲載している記事だ。「どのようにして世界最大の会社を部分民営化するのか (How to part-privatize the world biggest company)」という副題がついている。

ご推察の通り、サウジアラムコの上場に関する記事だが、4月26日に同社会長の Mr. Khalid al-Falih(サウジの保健相でもある)にインタビューした、として、彼の発言も紹介している。ぜひ原文を読んでいただきたい。

Mr. Falihの発言を読む限り、サウジの中心にいる要人たちの多くが物事の本質はきちんと理解しているようなので一安心だ。

たとえば、サウジアラムコの上場には多くの困難な要素があるので、最終的にどのような形態になるかは未決定だ、として、まず「サイズ」の問題をあげている。

史上最大のIPOは2014年の中国の大手情報技術企業であるアリババだったが、今回サウジアラムコの5%を上場するとおそらく1000億ドルになり、アリババの4倍規模になる。この「サイズ」は、サウジ国内の株式取引所だけで引き受けることは無理で、世界最大のニューヨークおよびロンドン市場に上場せざるを得ない。

ニューヨークやロンドンで上場する場合には、それぞれの国に固有の法律や制度に従う必要があり、「意図せざる結果 (unintended consequences)」を引き起こす可能性がある、と言っている。

例えばニューヨークで上場すると、それが引き金となって、サウジ国家を相手に訴訟を起こす輩が出てくるかもしれない、というのだ。

アナリストは、おりからアメリカ下院では超党派で、9・11同時多発テロの責任がサウジ政府にあるという法案を決議する動きがある。オバマ大統領(White House)は拒否権を行使するとしているが、ひっくり返される可能性もある。サウジ政府は常々テロへの関与は否定しており、この動きに「怒り」を表明しているが、上場するとサウジアラムコが訴訟の対象になるかもしれない、としている。

筆者の関心事は、サウジアラムコがニューヨークで上場すると、SEC(証券取引委員会)ルールにより「確認埋蔵量」を財務データに記載する義務が生ずる、という点にある。つまり、サウジの持つ原油及び天然ガスの確認埋蔵量が公表されることになるのだ。長いあいだ変更されていない、約2,600億バレルという原油埋蔵量の数値の信憑性が明らかになる、ということだ。

果たして国家機密中の国家機密であるこの情報を、サウジは白日の下に晒すのだろうか。

さらにMr.Falihは、戦略(サウジアラムコのIPOを核とする経済改革案のこと)が成功するか否かは、長期的には炭化水素(石油や天然ガスのこと)への需要水準にかかっているが「サウジの政策立案者の多くが、気候変動やエネルギーの効率的利用により、石油の供給に問題が生ずるより前に、消費がピークを迎えるだろう、と判断している」と述べている。もちろん、それは今から15~40年以上も先の話だが、としているが。

(ヤマニの名言、「石器時代は石がなくなったから終わったのではない」を思い出させる。)

一方で、世の中をひっくり返すような技術的ブレークスルー(a game-changing technology breakthrough)がない限り、輸送燃料や石油化学原料としての石油への需要は残るだろうとの認識も示している。

このように昨今の石油業界の常識が、Mr Falihを始めとするサウジの要人たちにもシェアーされているのは安心だ。

だが、Mr.Falihのような極めて優秀なテクノクラートがいる一方で、王国の全権を握っている王族の人たちは何を、どのように、しようとしているのだろうか。如何なる結論であれ、伝統的な「王族の合議」に到達できるのだろうか。それとも「スデイリセブン」閥が突っ走るのだろうか。

たとえば6月2日に予定されている次期OPEC総会へ、誰を石油相として派遣するつもりなのだろうか。4月17日のドーハ会議において、土壇場で「はしごを外された」ナイミ石油相はどうなるのだろう。

カーテンの向こうで何が起こっているのか、サウジの行方に関しては不安でいっぱいだ。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年5月2日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。