シカゴ在住の女性がスターバックスに対し、アイスコーヒーなどの冷たい飲み物を広告掲載の半分程度の量で提供し過剰な料金を取っていることを理由に、500万ドルの損害賠償を請求しているとの報道がなされています。この女性は、過去10年間の全ての顧客を代表していると主張しているそうです。
20年ほど前に競合企業調査で何度も訪れたスターバックス。「氷抜き」のアイスドリンクを頼むと、コールドカップの約6割までしか注いでもらえないことはその時に知りました。
「何故ですか?」と聞くと「アイスコーヒーは氷が溶けて薄まるのを計算して、コーヒー豆の量を多めに使用しています」と言われました。
その時は納得し、私もタリーズで同じ対応をしようと考えました。
その後、自分で店頭に立つようになって気付いたのはアイスラテには単純にその理屈があてはまらないということです。ホットのラテもアイスのラテも使用するエスプレッソビーンズの量が同じだからです。ホットの場合はスティーミング(牛乳を泡立てる)技術で味が調整されていますし、氷も(実は)味を調整するファクターになっているのですが、「氷抜き」を頼まれた時に約6割までしか注がない理由をお客様に説明するのは難しいと感じました。
そこで、私が出した結論は「アイスドリンクの場合でもカップの8割まで注ぐ」というものでした。氷入りの場合は約9割まで注ぐことになるのですが、その少しの違いは「氷抜き」とオーダーされたお客様に納得して頂ける「量」と「味」のバランスのギリギリのところだと考えたからです(勿論、それでも不満だというお客様がいたら、9割まで注ぎなさいという決まりにしました)。
もし、タリーズでアイスドリンクを氷抜きで頼むと「お得」だという話が広まって(テイクアウトのお客様は持ち帰って氷を入れれば良いのですから)、「氷抜き」というオーダーが続出してしまえば原価率が10~20%は変わってしまいます。そうすると利益が激減するのは間違いありません。しかし、そのリスクを負ってまでその決断をしたのは「ブランドイメージ」を落としたくなかったのと、タリーズに来店されるお客様を信じようと決めたからでした。
つまり、少しぐらい「お得」になるからと言って「氷抜き」を毎回主張するお客様はいないのではないかと考えたのです。
前述の通り、アイスラテの場合も氷が溶けるスピードとミルクのバランスを考えて、味は調整されています。我々が提案するその「味」よりも「量」が大切だと考える人たちもいるでしょう。
しかし、そのようなお客様が仮に100人中5人いたとしても、残りの95人はタリーズの提案する味に納得して購入して頂けるはずだと信じることにしたのです。
この記事を書いた理由はカップの6割までしか注がない競合他社を批判するためではありません。6割でも8割でも少ないのは変わりありません。
フルーツジュース屋さんでも氷抜きの場合は少なく注がれて出てきますし、量り売りの惣菜や肉・野菜のお店でも当たり前の考え方です。
フェアネス(公平性)を考えると、氷入りと氷抜きのお客様の量を一緒にするのは正解です。
しかし、それは「小売店の発想」だと私は思いました。
飲食店の発想では理屈でお客様に説明することよりも、「この店に来て良かった。また来よう」という気持ちになってもらうことが重要だと考えたのです。
人間は触覚・聴覚・嗅覚・視覚・味覚の5感を全て使って「味を感じる」生き物です。
触って「冷たくて」美味しそう、豆を削る「音を聞いて」美味しそう、豆の「香りをかいで」美味しそう。しかし、見た時にカップに6割しか入っていない・・・「えっ?」となった瞬間にマイナスの感情が生まれ、味が美味しいと思えなくなってしまう。
3年前に成立した日本版クラスアクション制度(10月1日より施行)は、被害者の一部が授権手続なしに全体を代表して訴訟を起こすことまでを認める制度ではありませんので、米国のスタバが訴えられたようなことは起きないはずです。
また、結論から言うと、さすがに今回の裁判で女性側が勝つことは無いと思います。
しかし、今回の訴訟で、スタバがどのような反論をするかに注目したいと思います。
その考え方が経営理念に書いてあることに基づくものか。自分たちのことを飲食業と考えているのか。小売業の延長として考えているのか(スターバックス1号店は、もともとコーヒー豆の量り売り店=小売業でした)。ホスピタリティをどう考えているか。今後はどうするのか。
お客様の殆どが判決理由を聞いて「なるほど、さすがスタバだ」と納得するような内容になるか・・・。一歩間違えば、ブランドイメージの低下に繋がる可能性さえあります。
飲食にたずさわる方々にとっては良いケーススタディーとなるのではないでしょうか。
編集部より:この記事は、タリーズコーヒージャパン創業者、参議院議員の松田公太氏(日本を元気にする会代表)のオフィシャルブログ 2016年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は松田公太オフィシャルブログをご覧ください。
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