サウジの将来は「石油を超えて」

日経電子版が今朝(2016年5月17日5:30)、「新エネルギー産業鉱物資源相ファリハ語録から読むサウジの将来」と題する記事を掲載している。日経のエネルギー関連の記事の中では、商品部の書くものがひときわ光っている。「有能なデスクが目を光らせているからでしょう」という内部の声も聞くが、この飛田雅則氏の記事も秀逸だ。ぜひお読みください。

ただ、読者の誤解を招くだろう点が一点、筆者として物足りなさを感じる点が一点ある。

誤解招くと思われる点は、ファリハ氏が注目されるようになったとされる2000年代初頭の「ガス・イニシアチブ」と呼ばれる一大プロジェクトに挑んだ時のエピソードだ。

まず記事ではファリハ氏が関与し「一躍脚光を浴びた」このプロジェクトは、「当時、サウジ政府は天然ガス開発を欧米メジャーに開放した」ことで始まったと書いている。さらにファリハ氏はこの「タフな交渉をまとめ上げた」とも。この2箇所が誤解を招くと思うので、若干解説しよう。

サウジは外資に天然ガス開発を開放していないし、この交渉は決裂しているからだ。

「開放する」とはどういうことだろうか。

外資に仕事をさせることか? ポイントは仕事をする外資に、石油・天然ガスの所有権を認めるかどうかだろう。

その意味では、イランの「バイバック契約」もイラクの「開発契約」も、外資に石油天然ガス事業を「開放」しない契約形態だ。「所有権」を認めてはいないのだ。

上手くいっているイラクの「開発契約」も、追加生産量に固定のフィーを支払う、大掛かりな「下請け契約」だ。イランは「バイバック契約」では外資を引き込めないので、あらたな契約形態(新石油契約)を模索している。

下請け的な契約なら、当時も今もサウジには、サブコンと呼ばれる技術提供会社が参入している。たとえばサウジアラムコのCEOナセル氏は、昨年末、外資のサブコンに「国内に供給基地を作る」ことを要請している(2015年12月2日付、弊ブログ113参照)。サウジ人が喜んで従事する上等な「50万人以上の仕事」が創出されると期待しているのだ。

2000年代初頭の「ガス・イニシアチブ」は、原油以外の国内向け燃料源として「ドライガス」田の開発を、技術力の高い大手国際石油会社の手に委ねようというものだった。「ジャカルタの悲劇」と筆者が呼んでいる1997年末のOPEC総会により原油価格が再び暴落し、メジャーの大再偏が行われていたころだ。

少々、技術的な解説をすると、天然ガスは原油と混在していて原油生産とともに生産されるもの(ウエットガス)と、単独で存在していて生産されるもの(ドライガス)がある。現在でもサウジが発電燃料や石油化学の原料として使用している天然ガスは、ほとんどがウエットガスである。原油生産量(2014年1084万B/D)が大きいので天然ガス生産量(2014年1772億立米=原油320万B/D相当)も大きいのだ。(BP統計集2015)

さて、当時の交渉内容は明らかにされていないが、「ガス・イニシアチブ」をめぐる交渉は利益率をめぐって決裂したと伝えられている(その後、二三の動きはあったが、2000年代半ばから原油価格が上昇したこともあり、交渉はすべて中断したまま今日を迎えている)。

ここから推測できるのは、このプロジェクトが「埋蔵量リスク」が存在しない開発プロジェクトで、イラクの「開発契約」同様に、追加生産量に固定のフィーを支払う仕組みだったのだろう。つまり外資に所有権を認めてくれず、市況変化や保有埋蔵量の増量によるアップサイドポテンシャルを認めて貰えなかったのだろう。だが、外資側にはイラクと同様、サイズが大きい上に、もしかすると本格的な「開放」へつながるかもしれない、という期待がこめられていたのだと思われる。

次に、筆者が「物足りなさ」を感じるのは、ファリハ氏の能力、手腕について、石油政策に絡んだ事項しか紹介、分析されていないことだ。

「ビジョン2030」は経済改革にとどまらず「社会改革」につながることは、下敷きにしているとされるマッキンゼーの2015年レポートが「Saudi Arabia beyond petroleum」と題されている事からも示唆されている。

女性の社会進出や外国人へのグリーンカード発行など、「ビジョン2030」を実行に移すにあたり必要な具体策となるこれらの事項について、ファリハ氏はどんな発言をしているのだろうか。

あるいは全く発言していないのだろうか?

もし、発言していないとすると、彼の語録からサウジの将来を読むことは至難の技だろうな。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年5月17日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。