今、必要なのは米国から独立する産業政策だ

井本 省吾

石原慎太郎氏が産経新聞5月16日付けで、「低迷する日本経済の活路は兵器の国産化しかない、今こそ 国産の飛行機を」という論文を載せている。

かつてからの持論を展開した形だが、都知事在任中に作り出した「日本を核にしたアジアの大都市のネットワーク」が興味深い。 アジアの大都市を連携させて、アジア製の中小型(130-140人乗り)の旅客機を作り出すという構想だ。それは日本やアジア各国の米国からの相対的な軍事・経済的な独立を目指したものだ。日本はYS11というエンジンをのぞけば全て日本製の旅客機を作り出し南北に日本列島で有効に機能させていた。

だが、アセアン諸国への売り込みを試みると、とたんに日本の航空機産業の台頭を恐れたアメリカの謀略によって潰されてしまった。米国は戦後このかた少しでも軍事的に強くなりそうな産業はほぼことごとくつぶしに動いた。

FSX(次期支援戦闘機)が典型的で、日本は日米同盟の強化にのためにと、米国を説得したが、「ゼロ戦」の再来と日本の航空産業の米国からの自立を恐れた米国は決して許そうとしなかった。

その経緯については手嶋龍一氏がNHK記者時代に書いた「たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て」(新潮文庫)にも詳しい。

それにしても石原氏の論考を読むと、米国の日本への恐怖はすざまじい。当時、インドネシアにはアメリカの航空会社の幹部たちが現地に乗り込 み、あらゆる画策を講じて日本機の売り込みを封じたという。それでいて、航空機に関する日本の技術収奪には飽くことがなく、 最近ボーイングが開発中の新型大型旅客機の胴体の大半は日本製の炭素繊維で出来上がっている。ボーイング社の社長は「この新型機はメイドインアメリカではなし にあくまでメイドウイズジャパンだ」と明言している始末だという。

ならば、日本政府は日本にも航空機産業を作らせるよう、強く米国を説得し、向こうの無用の怒りに抗うべきなのである。石原氏によると、アジア諸国も大いにそれを期待している。

<ところが、(アジア旅客機構想の)情報が伝わるとつまらぬ横槍が日本の政府筋から入り。アメリカを刺激せぬようにと新規の旅客機の収容容積に対する横槍が入ったと聞いた。……その結果日本製の新型旅客機の容積は予定を下回るものに縮小させられ計画に参画していた専門家たちを落胆させてしまった。>

そうなのだ。実はこれまでも日本の航空産業の発達を阻害したのは米国政府だけでなく、米国の怒りを恐れた日本の役人の抵抗による面が小さくない。日本の国家ビジョンを持たない役人根性が日本の産業の形勢、日本の相対的独立を遅らせているのだ。

前回のブログで指摘したように、石原氏は政治家としての田中角栄を再評価する小説「天才」(幻冬舎)を書いた。その中で日本独自の政治・外交を貫き、米国と対立した田中を嫌ってロッキード事件で政治的な抹殺を図った経緯に触れている。

今太閤とまで言われた角栄でさえ、米国の差し金で簡単に玉座を追われる。米国に従った方が良さそうだと官僚が羊のように国務省や国防省の指示に従ったと考えて不思議はない。

残念ながら、憲法を押し付けられた占領期からの習慣は今もって改まっていない、と考えていい。

石原氏は部分的にも、その体制からの独立を図ろうと果敢に挑戦してきたのだが、追随者はまだ少ない。だが、日本がGDPで世界2位の経済大国にあり、アジアで圧倒的な存在感を示したいた時代はそれでも良かった。

今やGDP3位で、2位の中国の軍事的脅威にさらされ、米国は少しづつアジアから引き下がろうとしている。一方の中国は日本とは違って、米国の意向にまったく忖度することなく、独自の軍事・経済戦略をまい進している。

例えば、AI(人口知能)。2014年、中国の検索サイト大手の百度(バイドゥ)はグーグルのAI部門であるグーグルブレインの創立者の一人であるアンドリュー・ウン氏を突然引き抜いた。ウン氏はAIで世界の第一人者。彼について百度に流れる若手研究者が引きもきらないという。

日本企業はこうした大胆なことをほとんどやらない。日本の官庁の意向、ということは日本の役人が気にする米国政府の意向を気にしすぎるからだ。先に意向を聞きに行くから、すぐに米国に知られ、結果として計画は頓挫させられるか、米国の神経に障らない程度に縮小されてしまう。

一時が万事、この調子では、技術革新の激しいITなどの分野では米国どころか中国にも遅れをとってしまう。

米国が激怒してもよいではないか。長い目で見れば、それが日米同盟の強化に役立つのだということを、過去の歴史も踏まえて強く説得すること。これが今、日本の産業界、そして外務省をはじめとする日本の中央官庁の役人に求められる。