アメリカのバラク・オバマ大統領の広島訪問が決まった。この報道を聞いたとき、僕は約20年前に開かれた、ある公開討論会を思い出した。メンバーはキッシンジャー元米国務長官、旧ソ連のゴルバチョフ元大統領、中曽根康弘元首相。そうそうたる顔ぶれだった。
司会を務めた僕は、キッシンジャー氏に「アメリカは1945年8月、広島と長崎に原子爆弾を落とし、20万人以上の犠牲者を出した。その責任についてどう考えているか」と、尋ねた。キッシンジャー氏はしばらく考えたあと、「トルーマン大統領がもし原爆を投下しなかったら、日本は本土決戦になるまで降伏しなかっただろう。その場合、日本人は数百万人、アメリカ側にも多くの犠牲者が出たはずだ。原爆を投下したことで、終戦を早め、犠牲者を減らすことができたのだ」と答えたのだ。
僕は、さらに質問を重ねて、「早く終わらせることができたかもしれない。しかし原爆投下によって、何の罪もない一般市民が少なくとも20万人以上死んだ。その責任はどうするのか」と尋ねたところ、キッシンジャー氏は困惑した表情を見せ、結局、何も答えなかった。
アメリカは歴史上唯一、核兵器を戦争で使用した国だ。アメリカにとって「ヒロシマ」と「ナガサキ」はタブーなのだ。原爆が戦争終結を早め、多くの人を救ったのだというキッシンジャー氏の説明は、アメリカでは決して暴論ではない。いまだアメリカの多くの人たちが支持をするアメリカの「常識」なのだ。
これまでアメリカ大統領は誰一人、広島と長崎を訪問していない。今回のオバマ大統領の広島訪問も、米国内の反対は相当強かったようだ。そんな事情もあり、外交筋によると、「謝罪はしない」「被爆者とも会わない」という2点は決まっているという。
しかし、それでもオバマ氏の広島訪問は、米国政治のタブーに対する挑戦である。これは大きな前進だと、僕は思う。オバマ大統領が広島で何を語るのか、思いをどう表現するのか、僕たちは見守らないとならない。
編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2016年5月23日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。