前回、大学講師の石川和男氏に日本の大学事情についてヒアリングした記事を投稿した。大学の教育の問題について論述したが少々補足しておきたい。
●シニア層向けのカリキュラムが増加していく
まず少子高齢化が進むなかで、外国人留学生を増やすことで大学のグローバル化が進むことを説明した。そして、もうひとつ魅力的な市場として考えられているのが「社会人教育」である。以前から大学は、若者だけを対象とする教育機関ではなく、中高年層の生涯学習の場でもあるというスタンスをとっている。
実際に、「エクステンション講座」とよばれる有料公開講座をほとんどの大学が実施しているが中高年が主なターゲットであった。今後もこの流れは変らないだろう。
人口が最も多い団塊の世代は、すべて定年年齢である65歳を超えた。これからお金と時間に余裕のあるシニア層が激増していく。今後、新たにシニア層の知的好奇心を満たすようなプログラムを開発できれば、この市場はさらに拡大していくものと予想される。
教育機関というのは、思いのほかしたたかである。国の支援と指南を得ながら、これまでも、あの手この手でさまざまな生き残り策を打ち出してきた。そのため少子化といえども、日本の大学はそう簡単には潰れることはないだろう。
そして、大学にとっての差別化カリキュラムが実務である。しかしここで大きな問題が生じる。実務系の講義ができる講師が不足していることだ。
●経済学の研究と実務は異なる
既存の教員が実務系科目に対応できればそれにこしたことはないだろう。しかし教授や准教授というのはアカデミックな世界で生きてきた人たちでもある。実務経験をもった人は少数派である。彼らの活躍の場は、崇高な学問や世界に影響を与える画期的な研究成果にある。実務系科目にも対応できる大学教員は、実際のところあまり多くはない。
これはアカデミックの流れをみれば理解できる。2013年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のユージン・ファーマ教授は「効率的市場仮説」を提唱している。「効率的市場仮説」は、市場とは常に完全に情報的に効率的であるとする仮説のことである。ユージン・ファーマ教授に対して、シカゴ大学のラース・ハンセン教授、イェール大学のロバート・シラー教授は「効率的市場仮説」は成立しないことを主張している。つまり、正反対の理論も同時にノーベル経済学賞を受賞しているのである。
2011年に同経済学賞を受賞したニューヨーク大学のトーマス・サージェント教授も「効率的市場仮説」が研究分野であるが、マクロ経済政策についていかなる財政・金融政策も効果が無いとする政策無効命題を提唱している。これは、政府の財政・金融政策がまったく効果が無いという考え方である。
前提条件がかなり特異で極端なケースも存在するが、論理的に正しければ是認されるという流れがいまの経済学である。分かりやすく説明するなら、
1.バブル崩壊が無かったらいまの日本はどうなっているか
2.インターネットが無かったらいまの私たちの生活はどうなっているのか
このようなケースは経済学の研究としては興味深いが一般的ではないだろう。
東京から大阪に行くにあたり様々なルートが存在するように、それぞれの異なった前提を示せば解釈の方法も多様に存在する。そのため現実社会にはそぐわないことが少なくない。
●実務家が必要とされる理由
また大学教員というのは、専門分野の研究のプロであって、試験問題の解法テクニックを教えるプロではない。例えば「簿記論」を教えている講師が、必ずしも「日商簿記検定講座」を担当できるとも限らない。結局のところ「モチは餅屋」とばかり、こういった実務系講座は外部から担当講師を探すことになる。
また学生満足度を高める多様なラインナップが必要なってくる。大学によっては正規授業以外のカリキュラムとして、TOEICや秘書検定、公務員試験といった資格取得や就職対策の講座を設ける場合がある。大学の講義領域は確実に拡大し、それに伴い実務家が求められているのである。
尾藤克之
コラムニスト
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