14億円引き出されたセブンの苦悩

鈴木敏文氏というカリスマの独裁者が舞台から降りた瞬間、セブン&アイホールディングスを巡るニュースが急増しています。巨大化した組織やM&Aで次々と手にした事業の今後のかじ取りは容易ではありません。オムニチャンネル事業を鈴木氏の息子の康弘氏に託したことで社内にうまれた不穏な空気をどう収めていくかといった話題もあるでしょう。近いうちに話題にしますが、セブンのドーナッツ事業にも疑問符、さらにイトーヨーカドーの不良在庫100億円分を創業者の伊藤家に押し付け、それを海外に寄付させるというトンデモアイディアを持ちかけた鈴木氏が巻き起こした伊藤家との決定的関係というのもありました。これからまだまだセブン&アイホールディングスにとって面白くない話が続出するだろうと思っていました。

そこに飛び出したのが14億4000万円の巨額不正引き出し事件であります。海外のクレジットカードで現金の引き出しを行えるのが日本には2行しかなく、セブン銀行はそのうちの一つだったことも狙われる原因だったのでしょうか?

先日、民泊のトピを書かせていただいた際、日本人は脇が甘い、と指摘させていただきました。私の様に海外に24年も滞在し、なおかつ、BtoCの業務を通じてカナダでさえもどれだけ危ないか、ということを身をもって経験している者からすれば犯罪者がその気になれば日本人はちょろくてイチコロであります。訪日外国人が2000万人も来る時代となりましたが訪日客の全員が善人ではありません。悪さをしようと考えている人間はゴマンといます。また、海外ではそれら犯罪者を収容できる刑務所は圧倒的に不足している為、ちょっと「お勤め」してはすぐに出てきてまたやらかす、の繰り返しなのです。

その中で発生したクレジットカードの不正利用ですが、手口を見る限り磁気カードの悪用のようです。北米では今、磁気カードはほとんど流通しておらず、チップカードに変わっています。このカードは支払いの際、リーダーの端末にカードを軽く叩く(英語でタップするといいます。)だけで一定金額以下($100程度)ならば暗証番号も押さずに支払が済ませられます。大きな支払の場合にはリーダー端末にカードを差し込み、暗証番号を打ち込む仕組みになっています。

磁気カードの場合、暗証番号入力がなく、顧客からサインをもらう方式となっています。その為、例えば盗難されたカードが磁気カードであればかなり簡単に使用可能となります。

実はチップカードでも私の会社で一度トラブったことがあります。当社のスタッフが犯人の言うなりにボタン操作をさせられます。ここでクレジットカードがまだ使えることを確認、そこから「ある処理」をしてチップをバイパスし、マニュアル操作に切り替え、客(犯人)から通常のサインをもらうプロセスにするのです。クレジットカード会社は顧客からのクレーム等で処理方法を調べ、ルール違反だと分かりますので、当方にカード処理の方法が通常処理ではなかったから一切合切の責任はリーテーラーである当社にあるとされ、全額負担させられたのです。

一方、クレジットカードを通常より多額に使用するとすぐに電話がかかってきたり使用不可になることもあります。私がカナダのカードを日本で使い続けていると盗難されたのではないかと疑われ使用できなくなります。先日は当社がリーテール側として売上をクレジットカードで一気に数千万円分処理したところ、やはりカード会社から速攻で電話がかかってきてひと悶着となりました。当社が違法に他人のお金を引き出していると思ったのでしょう。

では14億円を不正引き出しされたセブン銀行ですが、責任はないのか、と言えば一定の責任逃れは出来ないと思います。それはかなり大掛かりに短い時間帯に一斉に引き出されたというガードの甘さがネグリジェンス(negligence,注意義務違反)になると思われるからです。ただ、その損失負担以上にセブン銀行は相当のシステム強化とATMの監視体制の拡充を求められるでしょうから盗まれた14億円以上の投資を行わざるを得なくなるかもしれません。

ところでコンビニのトップが次々と変わっています。ファミマは名物社長だった上田準二氏からリヴァンプより来た澤田貴司氏にバトンタッチしました。ローソンはカリスマ新浪剛史氏がサントリーに抜けてユニクロ、リヴァンプから来た玉塚元一氏が社長となったものの今回素早く会長になり、社長に三菱商事出身の竹増貞信氏をはめ込みました。ローソンは三菱食品と三つ巴となる完全なる三菱商事包囲網です。

つまり、セブンイレブンが圧倒していたコンビニ業界勢力地図に変化がないとは言えません。セブンへの納入は三井物産と伊藤忠が競っているはずですが、鈴木敏文氏と物産の関係が悪くなった経緯があり、ここで物産が巻き返しを図る必要があります。もともと物産はバックエンド型の商社とされアグレッシブさが目立つ商社の中ではかなりおとなしい会社であります。伊藤忠はタイのCPグループと提携、CPはタイでセブンを7600店経営しています。このあたりのコンビニを取り巻く背景も実は商社間で大激戦中です。

セブン及びセブンアイの巨艦グループがこの逆境をどう克服するか、経営学的にも非常に注目に値すると思います。また、孫正義、柳井正氏などカリスマ性の強い企業のバトンタッチの手法という点でもセブン&アイグループの動向からは目が離せないと思います。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 5月26日付より