ゴッタルド山は“スイスのシナイ山”

華やかな式典や開会式の背後には必ずと言っていいほどちょっとしたドラマがあるものだ。華やかな式典であればあるほど、出来れば隠しておきたい裏話もある。

ウーリ州エルスㇳフェルトとティチーノ州オディオの間を結ぶスイス鉄道のゴッタルド基底トンネルが1日、開通した。全長57キロのトンネルは青函トンネルを抜いて鉄道用トンネルとしては世界最長トンネルとなる。

17年の年月を費やし、公費122億スイスフランを投入して完成した同トンネルは2本の単線トンネルで、最深部は地下2300メートルを走る。本格的な運行は今年12月の予定だ。他の区間も開通すれば、将来、チューリヒからミラノまで現在の4時間から1時間ほど運行時間が短縮される。ドイツ南部、イタリア北部の2000万人以上の人々が同トンネルの開通の恩典を受けることになる。

同開通式にはスイス関係者ばかりか、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相、オーストリアのケルン首相ら7カ国の政府関係者が参加した。スイス今世紀最大のトンネル工事の偉業には世界の関心が集まった。特に、シュツットガルト21やベルリン空港建設など大規模な建設プロジェクトを推進中のドイツではスイス鉄道の歴史的なプロジェクトの行方にこれまで大きな関心が寄せられてきた。

以下は、開通式で奉献式を担当した宗教関係者の話だ。日本のメディアでは報じられていなかったが、開通式の奉献式でスイスの宗教者の小競り合いがあった。プロテスタント教会関係者の式典締め出しだ。

大規模な工事が無事完了し、開業式や開通式を迎えた場合、宗教人を迎えて奉献式が行われる。ゴッタルド基底トンネル開通式も同様だった。スイス国民にとってゴッタルド山脈は神話の山だ。だから、その開通式には宗教的奉献式が絶対に欠かせられないわけだ。

スイスインフォ(SWI)によれば、「ゴッタルドはスイス連邦の起源、アルプスの中心、人々の交通の要、ヨーロッパを流れる大河の生まれた場所、南北文化の交差点、そしてスイスという国の独立と統一、アイデンティティーの象徴」という。「スイスのシナイ山」と呼んだ作家もいた。ナチス・ドイツ軍の侵略から守られたのもゴッタルド山があったからだといわれている。

1日の開通式にはカトリック教会、プロテスタント教会、イスラム教、ユダヤ教のほか非宗教人も参加して鉄道トンネルの安全な運行と保護を祈って奉献式が挙行された。式典自体はスムーズに運ばれて終わった。

問題は、開通式に当初、プロテスタント教会関係者が招待されていなかったことが明らかになって、スイス宗教界で波紋を呼んだのだ。イスラム側がプロテスタント関係者の参加に難色を示した、といった憶測情報がメディアに流れたほどだ。関係者がメディア報道を否定しているので真相は不明だが、宗教者の間で小競り合いがあったのはほぼ間違いがないだろう。

プロテスタント関係者が不在である以上、カトリック教関係者がキリスト教の代表として開通式の祝祷をすることになったが、宗教関係者の中で不満が出てきた。スイスの「キリスト労働共同体」(AGCK)のハラルド・ライン会長は、「キリスト教は世間の笑いものになる。イスラム教、ユダヤ教、非宗教関係者がそれぞれ独自の代表を派遣する、キリスト教関係者だけがそうではない」と批判したほどだ。
そこでスイス政府と宗教関係者が会合を繰り返し、プロテスタント教関係者の奉献式参加が決まり、各代表が2分間、祈り、瞑想することで合意したという経緯がる。

カトリック教会関係者は式典後、「奉献式は宗派を超えた超教派の成果だ」、「宗教者をトンネル開通式に招く必要がないといった声は出ず、宗教者が招かれたという事実は、スイス国民が宗教の重要性を認知していることを示している」とバチカン放送とのインタビューで答えている。

終わり良ければ全て良しだが、宗教者の統合が如何に難しいテーマかが歴史的な開通式で改めて浮かび上がったきた。スイスは宗教改革の発祥の地であり、多数の宗教、宗派が存在する。同国で2009年11月、イスラム寺院のミナレット(塔)建設を禁止すべきかを問う国民投票が実施され、禁止賛成が多数を占めて可決された欧州最初の国でもある。宗教者の共存は同国の大きな課題として残されてきた。

ゴッタルド基底トンネルが開通し、人々の交流が一段とスムーズとなるわけだが、宗教者の宗派を超えた交流も推進されることを期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。