理系の技術者が10年前にMBAを取りに行った意味

竹内 健

スタンフォード大学のビジネススクールに行きMBAを取ったのが2003年ですから、10年以上がたちました。

当時はなぜ技術者がMBAに行く必要があるのか?と言われたものでした。

そして、経営コンサルや投資銀行など、いわゆるMBAが進む仕事に変わるのであれば(キャリアチェンジするのであれば)MBAに行く意味があるが、技術者を続けるのであれば、MBAは意味ないと盛んに言われました。

当時私は電機メーカーに在籍していましたので、自分が作った技術をビジネスとして成功させるには、技術バカではだめで、マーケティングはもちろんのこと、商品企画から売るための仕組み作り、パートナーシップなど、いわゆるビジネスディベロプメントができる必要があると思っていました。

とはいえ、まだ電機メーカーの中での技術者の仕事は縦割りで、細分化された組織の中で、ある特定分野のプロの技術者を目指すというのが一般的だったと思います。

私の場合は大学に移ったので、MBAが非常に役に立ちました。大学の教員は給料を大学から頂ける点では恵まれていますが、研究にかかわるリソース(人・モノ・金)は自分で集めマネジメントしなければいけません。

日々資金繰りに走り回る、と言っても過言ではありません。中小企業の経営者に似ている面もあるかもしれませんね。

また自分が元々の専門とする半導体業界が日本ではひどい状態ですので、現在の大学のポストにつけたのも、単に集積回路の専門家というだけでなく、技術経営・MOTも教えることもできる、という面もあったと思います。

実際、現在の大学に移ってから、工学デザインという、理系の学生に商品企画・MOTを教える授業を始めたくらいですから、MBAで学んだことを学生に伝えることは大学からも期待されていると感じています。

企業から大学に移ったという、やや特殊なキャリアを歩んだ私にとっては、MBAは大変役に立ちました。技術とともに命綱だった、と言えるかもしれません。

一方、企業におられる技術者にとってはどうでしょうか。

最近、IoT(Internet of Things)と言われるように、従来はITが使われていない社会の様々な分野(医療、交通、セキュリティ、農業等々)にIT技術が使われるようになってきています。

そうなると、ITの技術者が接する相手は、ITの専門家では必ずしもありません。むしろ、IT、技術はさほど知らない人を相手に仕事をしなければいけない。

また、IoTでは一社で全ての技術分野をまかなう事も困難です。対象とするアプリケーションが先ほど述べたように広範な上、技術的にも多様なセンサ、AIを使ったデータ処理やネットワークなど広い範囲をカバーしなければいけません。

技術面だけ考えても一社だけでは解決方法を提示できないのです。必然的に異業種と連携することが必要となります。

その時に技術者も、ある特殊な分野だけわかります、では不十分なのです。

技術は分野が異なると使う用語も違うしコミュニケーションさえ難しい。

そこを何とか(完全には理解できなくとも)勘所を理解して、連携をして仕事を進めていくことが必要になる。

もはやある専門分野を深掘りする、単線路線だけを歩んで来たエンジニアには厳しい時代になったと感じています。

実際、大手のメーカーで部長、課長といった管理職をやられた方でも、ある分野だけ、内向きな仕事しかしていない方が実際には多い。

IoTといった異業種の連携が必要な時には全然役に立たない、というケースを目にします。

大学でも同様です。研究資金は国家プロジェクトや企業との共同研究から確保する必要があります。

最近のIoTなどの国家プロジェクトでは、大学が持つコアの技術を開発するだけでなく、その技術を実際の社会で使えるようにする周辺技術を開発してくれるパートナーを集め、最終的に技術を使うサービス事業者と連携することが求められます。

異業種の企業間の連携が必要だからこそ、利害関係が中立的な大学教員には、企業間のWin-Winの連携の仕組みを構築、運営することが求められるのです。

具体的には、自分の持つコア技術を差別化技術として、様々な業種の企業に声がけをして研究チームを作り、IPなど権利関係・契約もクリアできるように調整することが、大学教員に求められていると強く感じます。

私の専門分野とは違うので異分野のことや契約は知りません、では生き残れません。

振り返ると10年前にIoTの出現を予想できたわけではありませんが、MBAで学んだことこそが技術者にとって重要になりました。

この先10年、20年後を予測することはできませんが、技術者・研究者に専門知識だけでなく、より幅広いマネジメント能力(いわゆるGeneral Management)が求められるようになることは変わらないでしょう。

もっとも、良いこともあります。IoTのプロジェクトを始めてから、今まで全く縁のない業界の方々とのお付き合いが始まりました。

いろいろな分野の方にお会いしてお話できること自体がとても貴重な楽しい経験だと感じています。

こちらはJALの羽田の整備工場で航空機のセンサを実際に見せて頂いた時の写真。

この整備工場はJALの男性社員、岡本さんがキレッキレの踊りを披露して話題になった場所でした。JALさん、ありがとうございました。


編集部より:この投稿は、竹内健・中央大理工学部教授の研究室ブログ「竹内研究室の日記」2016年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「竹内研究室の日記」をご覧ください。