英統計学者が語る“本当の危険”とは

長谷川 良

幸い、ドイツではこれまで大きなテロ事件は起きていないが、ドイツ国民の52%は「次はわが国でテロが起きる」と不安を抱いているという意識調査結果が明らかになっている。今年初めの調査では、ドイツ国民の51%は安全は自由より重要だと考えているという。4年前の同様の調査では、その数は44%だったから、ドイツ社会では不安が確実に高まっていることが分かる。

英国の著名な統計学者、数学者、ケンブリッジ大学のダビット・シュピーゲルハルター教授(David Spiegelhalter)は独週刊誌シュピーゲル(2016年5月28日号)とのインタビューの中で、「国民がテロの襲撃にあって犠牲となる確率は100万分の1だ。すなわち、1マイクロモート(Micromort,リスクの単位)だ」という。確率からいえば、ドイツ国民はテロに対し過度に心配する必要はないわけだ。「テロで犠牲となる確率より、風呂場で転んで死亡する確率の方が高い」からだ。

同教授によると、「100万分の1の死亡の確率(1マイクロモート)は、西欧諸国であなたが朝、健康で目を覚まし、夜死ぬ確率だ。例えば、飛行機に搭乗した場合、18時間、1万2000キロを飛行した時、事故に遭遇し、犠牲となる確率は1マイクロモートだ」というのだ。

毎日、想定外の死を迎える確率は、ドイツでは1.1マイクロモート、米国では1.3とちょっと高い。マラソン中に死亡する確率は100万分の7、潜水の場合5マイクロマート、エクスタシーの摂取で0.5マイクロモートだ。エクスタシーよりマラソンの方が死亡確率は高いわけだ。教授は、「年間、何人が殺人の犠牲となるか正確に予測できるが、誰が犠牲となるかは予測できない」と説明する。

現代社会で最も危険なのは、やはり交通機関の使用時だ。30年前より交通は安全となったが、事故を起こして死亡する確率は他のケースより高い。例えば、30年前は英国では年間1000人の子供が事故で死去した、週20人の死亡だ。最近は週に1人だ。

原発の危険について、教授は、「メディアで過剰に報じられているが、福島第1原発事故2週間後に測量された福島市役所周辺の被爆線量は飛行機でロンドンからニューヨークまで飛行時に被爆する値、0.07ミリシーベルトと同じだった。その値はコンピュータ断層撮影(CT)の被爆線量(10ミリシーベルト)の100分の1以下だ。人々は原発を恐れるが、CTを恐れない」と指摘する。

確率は非情な数字だ。感情的な危機感とは異なる。例えば、300人が犠牲となるテロが発生した。人々はショックを受ける。しかし、300人の犠牲者は英国で年間、列車事故で亡くなっている数と同じだ。しかし、人は列車に乗るのを恐れない。テロの場合、確率は低いが、自分がそれに遭遇するのではないかと考え、人々は不安に陥るわけだ。

例えば、300万人の子供が朝、学校に行くとする。その内、1人が事故にあう。事故の確率は300万分の1だが、多くの人はその1人に拘り、300万人という分母を忘れてしまう。
テロリストの狙いもそこにあるわけだ。テロリストは至る所でテロは出来ない。それだけの人材も資金も武器もない。だから、一回のテロで効果的な成果を得ようとする。国民は皆、明日は自分がテロに遇うのではないか、と考えるようになれば、テロの狙いは達成されたといえる。その際、テロリストの狙いを手助けするのがメディアというわけだ。

教授は、「我々にとって最大の危険は突然発生する事故や不祥事ではなく、日々の生活だ。喫煙、不健康な食事、アルコール飲料などが寿命を縮める。人々はテロを恐れるが、不健康な生活様式には余り懸念しない。不健康な生活様式こそ数百万人の命を奪っているのだ。例えば、毎日20本のタバコを喫煙すれば、1日に5時間の命を縮める計算となる」という。

同教授が考え出した“マイクロライフ”という単位は30分の寿命だ。人は1日48マイクロライフを有している。教授によると、喫煙は10マイクロライフを浪費し、2時間テレビの前で座っていると1マイクロライフを失う。その一方、スポーツをすれば2マイクロライフ、果実や野菜を摂取すれば4マイクロライフを得るといった具合だ。

以上、「シュピーゲル」誌とのインタビューでのシュピーゲルハルター氏の発言をアトランダムに紹介した。

人間は危険を冷静に認識できるだろうか。教授の話を追いながら考えさせられた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。