このコラム欄で今年1月、マグダラ・マリアの伝記の映画化が進んでいると報告したが、ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁は10日、マグダラのマリアの役割を評価し、彼女を典礼上、“使徒”(Apostle)と同列にすることを決めた。
バチカンはマグダラのマリアの聖名日(7月22日)を記念日としてきたが、それを教会の祝祭(Fest)に格上げするという。ここにきてマグダラのマリアの株が急上昇中なのだ。
バチカン法王庁典礼秘跡省のロベール・サラ長官は6月3日、同関連文書に署名している。バチカンによると、ローマ法王フランシスコは同決定に個人的に後押ししたという。法王は同日、マグダラのマリアはイエスの復活を伝えた最初の使徒として教会カレンダーの中で使徒ランクに加えることを決めた。ちなみに、神学者トマス・アクィナス(1225~74年)は、「マグダラのマリアは使徒中の使徒だった」と評価しているという。
新約聖書によると、マグダラのマリアはイエスの十字架を見届け、イエスの復活の最初の目撃者だ。4つの共観福音書に全て登場する女性は聖母マリアとマグダラのマリア2人だ。この事実から見ても、マグダラのマリアがイエスの33歳の生涯に大きな影響を与えた女性であると受け取って間違いないだろう。一部では、「イエスの伴侶だった」(米ハーバード大の歴史・宗教学者カレン・L・キング教授)という説もあるほどだ。
聖書研究家マーティン・ダイニンガー氏(元神父)は、「イエスが祭司長ザカリアとマリアとの間に生まれた庶子だったことは当時のユダヤ社会では良く知られていた。その推測を裏付けるのは、イエスが正式には婚姻できなかったという事実だ。ユダヤ社会では『私生児は正式には婚姻できない』という律法があったからだ。しかし、イエスが妻帯していた可能性は排除できない。3世紀頃に編纂された外典『フィリポによる福音書』には、マグダラのマリアをイエスの伴侶と呼び、『イエスはマグダラのマリアを他の誰よりも愛していた』といった記述がある」と主張している(「イエスが結婚できなかった理由」2012年10月4日参考)。
それでは、「マグダラのマリア」とは誰か。ダイニンガー氏は、「マグダラという地名はイエス時代には存在しない。ヘブライ語のMigdal Ederをギリシ語読みでマグダラと呼んだ。その意味は『羊の群れのやぐら』だ。預言書ミカ書4章によれば、「羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ」と記述されている。すなわち、マグダラとはイスラエルの女王と解釈できる。そのマグダラのマリアはイエスの足に油を注ぐ。イエスは油を注がれた人、メシア(救世主)を意味する、イスラエルの王だ。イエスとマグダラのマリアは夫婦となって『イスラエル王と女王』となるはずだった」と指摘する。
ローマ・カトリック教会は過去、イエスの母親、聖母マリアを神聖化してきた。8月15日を「聖母マリアの被昇天」とし、ローマ法王ピウス12世(在位1939~58年)が1950年、教義として宣布。そして、12月8日を「聖母マリアの無原罪の御宿り」として祝日とした。ポーランドのようなカトリック教国では、聖母マリアは“第2のイエス”とまで崇められているほどだ。そして今、マグダラのマリアの神聖化が加速してきたのだ。マグダラのマリアの故郷は今日、世界のキリスト信者の巡礼地となっている(主要なキリスト教会はマグダラのマリアを聖人に拝している)。
バチカンは今回の決定を「女性の役割に対する教会側の再評価」と説明しているが、マグダラのマリアの格上げは単なる女性の位置向上とは違うだろう。聖母マリアを神聖化し、イエスの母親としての聖母マリアの役割を恣意的に無視してきたように、バチカンは今、マグダラのマリアを神聖化することで、“イエスが愛した女性”という存在を密かに隠蔽しようとしているのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。