霞ヶ関のリゾーム構造

池田 信夫

JBpressの記事の補足。日本の役所や企業はボトムアップだといわれるが、これは正確ではない。ボトムで決まったことが、そのまま稟議書でトップに上がって決まるなら簡単だ。一番むずかしいのは、このボトムの決定が多くの関係部署にまたがっているケースが多いことだ。


これはドゥルーズ=ガタリのいうリゾーム(根茎)で、図の地下のように他官庁との合議(あいぎ)という合意形成の手続きがある。これは公式の会議ではなく、昔は関係各省にファクスを送って連絡した。今はもちろんEメールだが、これで関係各官庁が全員一致しないと法案はできない。

合議は非公式のリゾーム状の連絡網なので、そこで行なわれた各省折衝を正式に各省のトップが確認するのが事務次官会議である。ここまで上がった法案が否決されることはまずなく、そのまま閣議に上がるが、各省の利害が対立する場合はここで妥協案をつくるか(ほとんどの場合)先送りする。

ところが霞ヶ関の実態を知らない民主党政権は「政治主導」と称して、この事務次官会議を廃止し、各省の調整を政務三役がやることにした。だが各省間で対立する問題は政務三役まで上がらないので、いつまでも決まらない。

しょうがないので民主党政権は、政策ごとに「閣僚委員会」とか「閣僚連絡会議」と称する非公式の会議をつくって話し合うことにしたが、震災のあとはこの会議がリゾームになって組み合わせの爆発が起こり、どこで何が決まっているのかわからなくなった。このため結局、2012年に事務次官会議が復活した。

呉座勇一氏に教えてもらったが、江戸時代にも合議と似た留守居組合というのがあったらしい。これは他の藩との根回しを行なう非公式会合で、料亭や遊郭で行なわれたため浪費だと思われていたが、最近はここで重要な合意形成が行なわれていたことがわかってきたという。

ここには江戸時代から変わらない、日本の特徴的な統治システムがみられる。それは意思決定がリゾームになっているだけではなく、各セクションを調整してまとめないと上のレベルに上がらない合意によるボトムアップという方式だ。ここではリゾームを束ねて政治家とも根回しする調整役が重要で、局長や審議官の仕事はほとんどこれだ。

同様のしくみは大企業にもある。たとえばNHKスペシャルは複数の部局にまたがることが多いので、提案してから放送するまでにかかる時間のほぼ半分は、図のリゾームの部分の根回しだ。私のころはNスペ会議で通るまでに9段階の会議があるといわれたが、それ以外に非公式の「合議」が果てしなく繰り返される。

日本のホワイトカラーの生産性が悪い最大の原因は、このリゾームのスパゲティ構造が複雑で、全員が納得するまでに時間がかかる無責任の体系にある。江戸時代から続く合意システムでは大胆なイノベーションは生まれず、グローバル化するビジネスにはとてもついていけない。