都知事選より参院選の方がはるかに重要だ。

松本 徹三

ここのところ、マスコミもネットも舛添問題で盛り上がり過ぎた感がある。海外の政治家のスケール大きな汚職に比べれば、金銭的にはお話しにならない位の小粒なものだったのだが、それ故に庶民にはわかりやすく、絶好のサンドバッグになった。しかし、もういい。「辞任すればそれで済むのか?」と言う人もいるが、これ以上こんな問題に関わっているのは時間の無駄だ。

後任が誰になるかは勿論気になる。しかし、私は、「橋下徹さんにはここで寄り道をして欲しくない」という思いが強い以外には、特に思い入れはない。個人的には、鳥取県知事として良い仕事をされた片山善博さんが一番良いと思っているが、地味すぎるので自公は推さないかもしれない。

民進党が共産党と組んでいるからといって、特に同党が推薦する蓮舫さんを忌避するつもりはない。彼女の方が石原伸晃さんや東国原さんよりは良いのではないだろうか? あっと驚く超大物「小泉純一郎」が突然出てくる可能性も全くないとは言えないが、彼には晩節を汚して貰いたくない。

参院選で、安倍首相は「本音」をあくまで隠し通せるか?

さて、そんな事よりも、重要なのは参院選だ。安倍首相は「重要なのはあくまで経済。アベノミクスを更に強く前に進める」とトーンを上げ、憲法問題や安全保障問題を封印してしまっているが、彼の本音は「参院で2/3を抑え、これまでの歴代総理が誰もできなかった憲法改正を行って、歴史に名を残す」事であると、私は信じて疑っていない。

しかし、彼は、選挙の結果が出る迄は、この「真意」をあくまで隠しておこうと、既に腹を決めたようだ。憲法問題が前面に出てくると、選挙の結果が全く読めなくなるからだ。この選挙の帰趨を握ると見られている一人区で、まかり間違えば自公が惨敗し、その勢いで「民・共勢力」が自信を強めてくるリスクがないとは言えないから、その気持ちはわからないではない。

しかし、相手がここを突いてくれば、結局は逃げられないのではないのか? 現実に民進党は「憲法を死守する為に2/3は絶対に取らせない」というスローガンを、選挙戦の両輪の一翼に据えている。

「そうでもしなければ、民進党はどうして選挙戦を戦うのだろうか?」というのが私の疑問でもある。安倍首相の経済政策は、生真面目な財政均衡政策の対極にあり、左派の大好きな「大きな政府」路線に近い。それ故、経済政策で彼に対抗するなら、「今は痛みを受け入れて、次世代を守ろう」と訴えるのが筋だ。或いは「世代間の不公正」に鋭くメスを入れるべきだ。しかし、民進党にはそのつもりは全くなさそうなのだから、これでは攻め様がない。

岡田党首は「アベノミクスは失敗だったのだから、その責任を取りなさい」と国会で迫ったが、安倍首相に「思った様に行っていない事は認めるが、それは予期せぬ外的要因があったからだ。だから、これを跳ね返す為に、より力強くアベノミクスを進めるのだ」と言われれば、それで終わってしまう。

そもそも、選挙戦では、具体的な政策における相違点を提示して、「何故それをやめないのか?」「何故これをやらないのか?」と迫るのでなければ、議論にはならないのだが、民進党には、政権党時代の失敗の履歴が有るだけで、現時点では具体的な経済政策がないのだから、どうし様もない。

果たしてどのような選挙戦になるのか?

私は「近づく関ヶ原の戦い」と題した4月11日付けのアゴラの記事で、「今度の参院選は、経済問題では野党に攻め口がないので、憲法改正の是非を巡っての天下分け目の戦いにならざるを得ない」と予想したが、現時点では自民党側に全然その気がないので、この予想は外れたと見る人が多いだろう。しかし、私は必ずしもそうは思っていない。

私がもし一人区を戦う民・共側の候補者なら、自公推薦の相手候補を名指しして、「あの人に投票するのは、憲法改正に賛成票を投じるのと同じ事だ」と決めつけるだろう。相手候補をその様に挑発してでも、憲法問題と安保問題に選挙民の耳目を呼び寄せるしか、論争に勝つ決め手が見出し難いからだ。オバマ大統領の広島訪問で安倍政権の人気が上がっている事も考慮に入れざるを得ないから、イチかバチかで行くしかないと思う。

これに対して、恐らく自公側の候補者は、私が前出の記事で提案した様な「真っ向勝負で逆にやり込める」様な戦術は取らず、「これは重要な問題故、じっくりと時間をかけ、国民レベルの議論を尽くしていきたい」と、柳に風の対応をするつもりではないだろうか? 「2/3さえ取ってしまえば、後は何とでもなるのだから、早まって議論する必要はさらさらなく、論戦に負けるリスクはとにかく最小に抑えるべき」という考えに基づけば、当然そうなる。

しかし、本当にそれが最善の策なのかは、その時になってみなければわからない。多くの場合、「攻撃」こそが最大の「防御」だからだ。「逃げ腰で戦って勝った」というケースを、私は今までに見たことがない。

トランプ旋風の拡大、英国のEU離脱による経済危機到来の可能性、世界の至るところでの新たなテロの可能性、中国海軍の更なる挑発の可能性、朝鮮半島での大事件勃発の可能性、等々、日本をめぐる現在の情勢は不確実性に満ちている。確かに、こういう時には「待ち」の姿勢に徹する方が良い場合もある。

しばらく前に、「日本憲法にノーベル平和賞を」という画策をする人達がいた事を知って、私は死ぬほど驚き、「そんな事になったら、恥ずかしくて外国の友人に会えなくなる」と本気で心配したものだ。だから、私には、「憲法改正だけはとにかく早くやって、すっきりさせておきたい」という気持ちが強く、今回の参院選で改憲勢力が2/3を取る事に秘かに期待しているのは事実だ。(実を言うと、唯それだけの理由で、私は「増税延期」さえも許容している。)

しかし、「成り行きで関ヶ原状態になっても慌てない」という秘かな準備が、もし現在の自公陣営側にあるのなら、この時点では、特に私があらためて注文をつけるまでもないだろう。