iPS細胞の技術の進歩で、医療に求められるものとは?

田原総一朗最近、バイオ関連の研究、なかでもiPS細胞に関心が集まっている。僕もおおいに興味を持ち、さまざまな人に話を聞いている。

動物の細胞は、受精卵が分裂し、心臓や肺、肝臓などのさまざまな器官へと専門化して、やがて分裂が止まる。こうして身体が完成するわけだ。一度、専門化した細胞は、ほかの器官に変わることはない。

ところが、iPS細胞は違う。非常に単純な言い方をすれば、iPS細胞はどんな器官にでもなることができる。iPS細胞は、病気やケガで失われた機能を再生する可能性を秘めているのだ。

2006年、京都大学の山中伸弥教授が、マウスの細胞からiPS細胞を作り出すことに成功した。その成果が認められ、山中さんはノーベル賞を受賞した。

2014年には、加齢黄斑変性の患者にiPS細胞を移植した。世界初の試みである。今後、ほかのさまざまな難病の治療にiPS細胞が役に立っていくだろう。このように医療技術は進歩していく。

一方で、今後、さまざまな問題が起きるだろう。たとえば、一民間会社がiPS細胞関連の技術を独占する、というようなことになったとする。すると、どうなるか。もし、ある病気の特効薬ができたとしても、庶民にはとても手の届かない価格になることもあり得るのだ。

実際、再生医療ではないが、同様の事例がすでに出てきている。肺がんが、6~7割、治るという薬があるのだが、その薬を使って治療すると、1人年間3500万円かかる。保険でカバーすると、健康保険制度が破たんしてしまう。保険外となると、金持ちにしか支払えないほどの高額治療になる。金持ちだけが長生きするという社会でよいのだろうか。

医療が発達すればするほど、人はどんどん死ななくなる。健康保険制度の破たんは必至だ。たとえば、80歳以上の再生医療には保険を適用しない、などといったルール作りが必要になるかもしれない。

今後、科学技術の問題は、倫理とより密接に関わってくる。とくに、医療やAI(人工知能)の活用を考える際、倫理が重要になる。だが、現在は技術の進歩のスピードに倫理面の議論が追いついているとは、とても言いがたい。今回、iPS細胞についての取材中、僕はそう強く感じたのだ。


編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2016年6月20日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。