英国で23日、欧州連合(EU)から離脱か残留かを問う国民投票が行われ、離脱派が過半数を獲得した。その結果、英国はEUから去ることが決まった。このニュースが流れると、英国だけではなく、世界は大きな衝撃を受けた。外国為替市場は大揺れだ。英国が離脱すれば、ブリュッセル主導の政治を批判してきたEU懐疑派が更に勢いづき、「英国に続け」といったドミノ現象が生じることも予想される。欧州全土は英国からくる暴風圏に入り、ここしばらくは大混乱が予想される。
遅きに失した感はあるが、報告しておく。「国民主権」の民主主義では一見奇妙な感じはするが、国家の運命を決める重要な政治課題は国民投票で決定すべきではない。英ロックグループ「オアシス」のリーダーだったノエル・ギャラガー氏が投票前日、インタビューの中で答えているのだ。
ノエルは、「国民はバカだから、EU離脱か残留かを問いかけても意味がない。高い給料をもらっている政治家こそ国の行方を真剣に考え、決定すべきだ。国民に委ねるべきではない」と述べ、国民投票の意義に疑問を呈した。
ノエル氏にとって、国民投票の実施は政治家の怠慢以外の何ものでもない。国民の税金から高い給料を得ている政治家が肝心の重要な政治課題を決定せず、国民に投げ返している。どれだけの国民が問題を正しく理解できるか、というわけだ。
アイルランド出身の労働者家庭で育ったノエルは辛らつな発言をすることで有名だ。ノエルは労働者の生活を知っている。ノエルが子供の時、政治問題で口を出すと、父親は「黙れ」と叱責したという。労働者は政治などに関心を持つなというわけだ。それでもしゃべり続けると、父親に叩かれたという。本人は中学を卒業し、上の学校に行ったが、すぐに退学した。その意味で、ノエルにはアカデミックな教養はないが、アカデミックな学者、政治家たちより“事件の核心”を突く発言をするのだ。
残留派は、「離脱すれば、国民経済が厳しくなる」と主張する一方、離脱派は「ブリュッセルの官僚主義」を批判してきたが、ノエル氏は、「一般の国民はピンとこない。分かることは自分の年金や給料がここ10年間で増えたかどうかだけだ」という。
スイスの直接民主主義の場合、文字通り、国民は全ての決定に対して意見を表明するチャンスが与えられている。問題は政治家と同じレベルで問題を把握している国民は多くはいないことだ。その為、ポピュリストが出てくる土壌が生まれる。スイスの場合も直接民主主義は理想的に運営されているとはいえない。
最後に、国民投票の恐ろしさを端的に示した歴史的な例を紹介する。オーストリア・ニーダーエスタライヒ州のドナウ河沿いの村、 ツヴェンテンドルフで同国で初めて建設された原子炉(沸騰水型)が国民投票によって操業拒否されたことがある。
1972年に建設がスタートした原子炉(総工費約3億8000万ユーロ)は完成されたが、いざ操業段階になって国民の反対の声が高まっていった。当時のクライスキー政権は1978年、国民投票を実施しても原子炉の操業支持派が勝つと信じていた。しかし、国民投票の結果は、約3万票の差で反対派(50.47%)が勝利したのだ。その結果、巨額な資金を投資して完成された同国初の原子炉は即、博物館入りとなった。ツヴェンテンドルフ原発操業を問う国民投票が予想外の結果をもたらしたことから、それ以後、同国の政治家は国民投票の実施には非常に消極的となった。これは“ツヴェンテンドルフの後遺症”と呼ばれる現象だ(「30年前の後遺症」2008年11月7日参考)。
英国の国民投票は終わったが、ノエル氏が強調していた「政治家の責任」はこれから問われることになる。離脱が決定したが、国民のほぼ半数は残留を願っていた。政治家は国民の再統合を実現するために冷静な処方箋を提示しなければならない。そして、EUとの新しい関係構築が急務となる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。写真はWikipediaより。