世界中に大混乱を撒き散らしたイギリスの国民投票ですが、この混乱の先には、人類の最大の課題である「20世紀型の左翼の問題をいかに克服するか」に答が出る希望があるかも・・・・
というような話を、アゴラでは二回続きで書いています。前回はこちら。
端的にまとめると、
「ア ンチ市場主義」はそれ自体が単なる極論として「異議申し立て」されると「一理どころか百理ぐらいあるかもしれないが受け入れるわけにはいかない事情も人類 にはある」が、今後イギリス政府という老獪さの塊みたいなプレイヤーがEUと交渉を進めていくことで、「実利と理想」を漸進的に導入していく力になるので はないか?
というようなことです。もっと端的にいうと、
異議申し立て人がテロリストや原理主義的な左翼思想家ならマトモな交渉は全然できないが、相手がイギリス政府なら交渉できる。それによって、極論同士の罵り合いを超える漸進的な合意形成が可能になるかもしれない。
ということなんですね。では以下前回の続きです。
2●ブレグジットがもたらす人類へのポジティブな希望
・・・・という前置きを書いた上での、今回の事件のより広い、人類全体とかそういう意味での影響のポジティブ面について考えてみたいんですが。
冒頭に書いた、
「ア ンチ市場主義」はそれ自体が単なる極論として「異議申し立て」されると「一理どころか百理ぐらいあるかもしれないが受け入れるわけにはいかない事情も人類 にはある」が、今後イギリス政府という老獪さの塊みたいなプレイヤーがEUと交渉を進めていくことで、「実利と理想」を漸進的に導入していく力になるので はないか?
という話ですね。
もっと端的にいうと、
異議申し立て人がテロリストならマトモな交渉は全然できないが、相手がイギリス政府なら交渉できる。それによって、極論同士の罵り合いを超える漸進的な合意形成が可能になるかもしれない。
こうです。
いわゆる「市場関係者」が例外なく苦虫を噛み潰したような反応だったのに対して、ある程度「左派」な感性を持ってる人が「新自由主義グローバリズムの限界を露呈した!」的な応援メッセージを出しているのをよく見かけます。
まあ、そうなんだろうと思います。
一 方で、そういうご意見の方にぜひ考えてみて欲しいのは、これだけ世界中で怨嗟の声が上がっているグローバリズムがなぜ今まで止まらずにいるのか・・・につ いて、単に強欲な資本家どものエゴで世界中が操作されているからだ・・・以上の理解をすることが、「どうしたら本当に止めるのか」について重要な一歩とな るんじゃないかということです。
要するに、20世紀には、ここのところを「直情的な良心」だけで突破しようとしてヒドイ混乱を巻き起こしてしまったという反省があるわけですよね。
・当時のグローバル化を無理やり止めたブロック経済が、「比較的余裕のない国」を一気に窮地に陥らせて暴発させ、世界大戦への発端となった。
・市場メカニズムへの憎悪が暴走して共産主義独裁となり、その独裁者の気まぐれで数千万人餓死することになったりした。
ここまで大げさでなくても、今回のブレグジットだって物凄く丁寧にうまくやらないと、イギリスの庶民にとったらマイナスのほうが大きい可能性が高いわけです。
つまり、「グローバル資本主義」の過剰な部分と、「直情的な良心の絶対化がもたらした巨大な災厄」というのは表裏一体のものなんですよね。
だから、「今のグローバル経済がやりすぎててサステナブルでない」というのはかなり広範囲の合意なんだけど、「それを今度は逆向きにやり過ぎない程度にうまく是正するには?」というところが最大の問題なんですよ。
そこのところで、「20世紀の大失敗に陥らない形」が見えてないから、じゃあ「逆戻りする大破綻」を避けるためにはある程度コワモテの新自由主義が現状必要だよね・・・という構造がここにはある。
だからこれを「ちょうど良さ」を目指して調整することは、市場主義者もアンチ市場主義者も共通の課題なんですよね。全部相手のせいにして罵り合ってる場合じゃない。
だけど、今のシステムが気に食わないからといって、「自爆テロをやる人とか、あまりにも原理主義的なことを言う20世紀型の左翼運動家とか」が「異議申し立て」にぶつかってきても、平行線の議論がぶつかりあうだけで全然「ちょうど良さ」を目指すことができないじゃないですか。
そこで今回のブレグジットですよ。ここで「異議申し立てをしようとし始めた」人たちの多くは、確かにあんまり現実的な世界の事情への調整力とかはないかもしれないけど、それを実際にEUと交渉するのはイギリス政府ですからね。
「極論同士の罵り合い」じゃない形で、大事な臓器も一緒くたに切除してしまうようなのじゃなくて、一枚一枚ピンセットで組織を分化してガン細胞を取り除くような作業が可能かもしれない。
そしてそ のプロセスに世界中の金融市場が一喜一憂するし、あらゆる世界中の知識人がアレコレ言うし・・・となる中で、人類は「全部敵側のせいにして自分らの理論の 完全性に酔っている」ような方向性では決して新自由主義を克服できないんだな・・・ということを理解した上で前に進むことができるようになるかもしれな い。
実際、色んな英国在住の日本人のコメントを読んでいると、「こりゃいくらなんでもあんまりだよね」っていう話は沢山ありました。
愚民どもが!と思ってた市場関係者のあなたも、例えばこの谷本真由美さん(通称”めいろま”さん)の記事を読むと考えが変わるかもしれません。
EUの最初の目的は、そもそも関税障壁を撤廃して、域内の経済を活性化することでした。しかし、EUは役所として肥大化してしまい、次第に、わけのわからない法律を作るようになりました。
そのような法律の少なからずに実現性がなく、各国の事情を反映していないので、ビジネスや法務にとって大きな足かせになっています。
例えばタンポンの消費税を決める法律、掃除機の吸引力がすごすぎてはいけない、ゴム手袋は洗剤を扱えなければならない、スーパーで売られるキュウリとバナナは曲がっていてはいけない、ミネラルウオーターのボトルには「脱水症状を防ぎます」と書いてはならない等です。
な ぜこんなバカげた法律がたくさん作られるかというと、EU関係者には、様々な企業や政府内部の人が、ロビーストを使って圧力をかけているからです。ロビー ストというのは、お客さんからお金をもらって、政治家やマスコミを使って、作られる法律をお客さんの有利にする弁護士や広告代理店やコンサルタントのこと です。
こういう法律があるおかげで、ヨーロッパの掃除機の吸引力は低く、部屋がなかなか綺麗になりません。部屋があまりにも汚いので、こんな規制が必要だと思っている人は誰もいません。
EU の役人はこういうバカげたことを決めるのに多大な時間とお金を費やしています。でもEU関連機関の役人の給料は大変高く、待遇は国連よりも遥かに良いので す。そういうお給料を維持するために、意味不明な仕事を沢山作らないといけません。だから掃除機の吸引力はとても重要です。
こういう話になってくると、”市場関係者”さんは「そりゃ離脱すべきだ!」と考えが変わるかもしれません。
リ ンク先の記事には、ざっくり言えば平均月収が4−5倍も違う国から、英語も話せないし英国社会に溶け込む気もあまりない移民が年間18万人(この数字はい わゆる高機能移民も含まれているでしょうが大枠では)も押し寄せても拒否することが許されずビザも要求できず、しかも医療も学校も無料なのでパンク状態 (政府が彼らに通訳を用意する義務すらあるらしい)、公立小学校で英語が話せない生徒がほとんどなところまで出てきている・・・など色々と面白い話が載っ ています。
中 国は都市によって全然違うので単純比較は出来ませんが、平均月収が4−5倍というのは現状の日中間に近いと思うので、中国からビザなしでいくらでも移民で きて日本は拒否できず、彼らは日本語を覚える気もあんまりなく、彼らへの医療と学校を無償提供が必須でパンク状態になり、ある地域の公立小学校は9割中国 人になってしまい・・・とかを想像すると、「もともと中国に対して偏見なかった人も相当排外主義的になる」可能性はあると思います。(それをちょっとでも言うと排外主義者!とか都市部の意識高い系住民から上から目線で批判される状況だったりすると余計にね)
ここにあるのは、理想の追求はいいけど、一歩ずつやらないとみんな理想ごと捨てたくなっちゃうぜ?という問題なんですね。
同じくロンドン在住の伏見加奈子さんの記事での、ピーターバラという地方出身でロンドンの有名大学に進んだ若者の正直なコメントが興味深かったです。
「当初、地元では移民の人たちはどんな人たちなのか、とても好奇心も持っていたし、ワクワクもしていた。何かこれまでと違ったことが起こるのではないかと期待していた。でも、地元の小さな街に移民は次から次にやってきて、技能も持たず、英語も話さず、街に溶け込もうともせず、隔離されたコミュニティーに暮らしていた。犯罪歴の有無すらチェックできない。彼らの国より賃金の良い英国に来たがる気持ちは良く分かる。でも、制限なしに受け入れられるほど、大きな街ではないんだ。病院も、学校だって作らなければならない。ロンドンのように、すでに多くの外国人が暮らしている所とは違う」
この若者による、
ピーターバラでは異常な移民増加が起きた。不安に思う事は誤りではないのに、移民問題そのものを語ろうとすると『お前は外国人恐怖症だ』『不寛容だ』『移民じゃなくて経済が問題なのだ』と一蹴され、黙らされてきた。離脱に動いたことで、僕らの言い分にも一理あると思ってもらえるかもしれない。移民への不満を言う人々は無視され、頭が悪いのだという目で見られてきた。
というコメントは一聴に値すると思います。
こう見ていくと。「キレイな理想は現実とのすり合わせの上で進めていけばみんなの価値に繋がるのに、その辺を現実を無視してゴリ押しにするから、理想ごと廃棄するようなムーブメントになってしまうんだ」ということが問題の核心だとわかりますね。
●まとめ
ライフルの弾丸は真っ直ぐには飛ばず、常に山なりに飛行するので、優秀な狙撃者は対象との距離や風向きなどの「ノイズ」分を補正して照準を合わせるそうです。
どんなキレイな理屈も現実とぶつけると色々と問題が起きます。単に照準器のセンターに目標を入れて引き金を弾いても当たらない。常にその状況で発生する「理屈外の現象」=「ノイズ」を感知して補正して行動し続けることが必要になる。
あ なたの価値観によっては、この「ノイズ」という言い方が既に問題で、理屈よりも現実のほうがさきにあるから「ノイズ呼ばわりされているものこそがリアリ ティ」という言い方もできるかもしれません。しかし、半径数メートルの人間関係を超えた、何十億人の人類社会を運営するには何らかの理屈が必要だという事 実から発想すると、「ノイズ」という言葉を使う正統性もまたあるかもしれません。
ま あどちらにしろ、常に「想定外のリアリティと向き合い続けること」が人類には求められているわけですが、社会的に恵まれた権力を信任された存在(官僚とか 富裕層とかある種の分野の学者とか?)はそのリアリティと向き合わずに済んでしまう真空状態が発生することが良くある。
そういう風に生きていると、「俺サマが照準器の真ん中にちゃんと対象を入れてスイッチ押してるのに当たらないのはアイツラがオカシイんだ」という風な気持ちになってくる。
こ こで「現実側からのバックラッシュ」として、「恵まれない怒れる俺たちのエネルギーをアイツラにも味わわせてやる!」というムーブメントが補正にかか る・・・のは自然の摂理なんですが、そういう20世紀的ムーブメントだけだと、「とはいえ人間社会は何らかのシステムがないと維持できない」という事情の 前でどこにも行けなくなるんですよね。
大事なのは、「照準器がどれだけ現実と離れているかを適切にフィードバックして反映し続ける回路を人間社会が持てるかどうか」です。
一発目打ってみて、着弾の位置を確認すると、「あ、距離これぐらいだな、風もちょっとあるな。じゃあ方向性をこう補正しよう」ということが可能になる。そうやって「理論」と「現実」の間の誤差をすりあわせ続けていくことで問題を解決できる。
こ こで、「リアリティとの誤差を知らせてくれる」役割がテロリストや極端に原理主義的な左翼理論家だったりすると、「間違ってるのはわかるけど誤差修正に活 かせない」という袋小路に陥りますよね。というか実際今の人類はそうなってる。逆側に押し切られると別の地獄だから今の方向で押し切り続けるしかなくなっ てる地獄。
だからこそ、今回のブレグジットをうまく活用すれば、人類は「進化」できる。20世紀的に「相手が全部悪い」型の極論同士のぶつかりあいを超える可能性が生まれる。
そのためには、「極論同士の議論」にはならないような、「刻一刻と変化する微調整が可能な場の設定」がカギなんですよ。
以下は今書いてる本の図なんですが、図中では「日本」になってますが世界全体で見てもこういう問題はあるんですよね。(クリックで拡大します)
イ ギリス政府の関係者から見ると、自分らが望んだわけでもないEUとの交渉をやらされるのはちょっと嫌かもしれませんが、「決まったのならその中でベストを 尽くす」ように動くなら、「イギリス経験論的地べたの現実」と「大陸合理論的なドグマ」の間を微調整に微調整を重ねるようなプロセスが具現化し、それを世 界中の市場関係者と知識人の議論がつっつき回すことが可能になる。
そのプロセスが、人類を「進化」させてくれる可能性を私は感じています。そういう目で、今後色々発生し続けるであろう問題を見ていると、あなたの願いもあなたの宿敵の願いもトータルな社会像の中にうまくフィットする部品として噛みあう可能性が見えてくるかも?
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それではまた、次の記事でお会いしましょう。ブログ更新は不定期なのでツイッターをフォローいただくか、ブログのトップページを時々チェックしていただければと思います。
また、こういう話について私はずっと本を書いてるんですが、いつ出るんだ的新作が出るまでは過去作品をお楽しみいただければと思っています。
今回のブログで書いた「現実と理屈のすり合わせ」を社会的に大規模に起こすシステムの整備が、「個々の論点における極論のぶつけあい」よりも重要だ・・・というのを幕末の薩長同盟に例えて書いた「21世紀の薩長同盟を結べ」はデビュー作的に気負ってしまった暑苦しい文体が苦手でない方には好評です。その他、アマゾンのサブカテゴリで1位になった「日本がアメリカに勝つ方法」は、その「理論と現実のすり合わせ専門職」を強みとして活かすことで日本がアメリカに勝てる道が開けるという本。上記二冊のように暑苦しい文体が苦手な方は、女性読者に一番好評な三冊目「アメリカの時代の終焉に生まれ変わる日本」をどうぞ。
倉本圭造
経済思想家・経営コンサルタント
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