Brexitで離脱派のリーダーだったボリス・ジョンソンが、保守党の党首選に立候補しないと表明した。メディアは驚いているが、彼にとっては当然だろう。もともと離脱派ではなく、保守党内の半数を占める離脱派の支持を得るためにアジテーションをやっただけなのだから、本当に離脱するとなったら、EUとの厄介な交渉をやる気はなかったはずだ。
彼やドナルド・トランプやヨーロッパの極右政党のようなポピュリズムは、かつてはマイナーな勢力だったが、最近は政権に近づき、時には政権を取るようになった。これは偶然ではない。それはデモクラシーの中で多数の支持を得る合理的な戦術だからである。
行動経済学でもよく知られているように、人間の行動の80%は脳の中の「システム1」の直感的な判断で行なわれている。それは最近の研究でもわかってきたように、脳の消費するエネルギーを節約するためだ。
EUから離脱するかどうかを考えるには、本来はそれによる経済的な損失と「主権の回復」のような費用対効果のバランスシートを考え、離脱することが有利だと判断した場合に賛成するのがシステム2の仕事だが、一般大衆にそんな知識はない。彼らは日常生活で忙しいので、たまたま目に入った上のようなデモを見て、システム1で判断することが合理的だ。
このデモは「EUがバナナの曲がり方まで域内で統一する規制は許せない」というもので、イギリス人がEUの細かい規制をいやがる感情に直感的に訴えるが、こんな小さな問題を理由に離脱すると、金融ビジネスなどで莫大な損失をこうむることは、ほとんどの大衆は知らないし知る必要もない。
それがデモクラシーの本質なのだ。Democracyの語源となったギリシャ語demokratiaの語幹であるdemosは、demagogyの語幹でもある。デモクラシーの起源とされる古代アテネも、デマゴーグ(僭主)の出現で自滅した。
ただ官僚がすべてを決めるEUのような行政国家(アリストクラシー)も望ましくないので、イギリス人は大衆が「立法機関」を選ぶ名目上の主権者になり、実務を行なう官僚を監視する議院内閣制を発明した。だから今回の失敗の最大の原因は、イギリスの伝統にない国民投票という直接民主制で決着をつけようとしたキャメロン首相の決定にある。
大統領制は、さらにデマゴーグの出現するリスクが大きい。これは本来デモクラシーの暴走を防ぐために議会とは別の行政機関を大衆が選ぶしくみで、大統領には立法権も予算編成権もないが、議会が暴走した場合に拒否権を行使できる。ところが最近ではアメリカも行政国家になって大統領の権限が大きくなったため、トランプのようなデマゴーグが出現した。
日本は伝統的に、デマゴーグを防ぐ統治システムをもっている。天皇という名目的な支配者を「みこし」としてかつぎ、実際の決定は貴族や武士や官僚が行なうしくみだ。しかしそれも「官邸主導」になると、デマゴーグを生むようになる。たった2%の増税を4年も延期する安倍首相は、トランプやジョンソンとは違う形で大衆に迎合する「日本型ポピュリスト」である。