英EU離脱後のドイツの“悩み”

独週刊誌シュピーゲル(電子版)は先月30日、英国の欧州連合(EU)離脱によってドイツの政治力が益々強まってきたと指摘する一方、メルケル政権に対し強権を振るわないように注意を呼び掛けている。

英国のEU離脱が決定した直後、オバマ米大統領はキャメロン英首相に電話を入れ、「国民投票の結果は願っていたものではなかったが、米国と英国両国は歴史的にも特別な関係を有している」と強調し、失望しているキャメロン首相を慰めた。その直後、オバマ大統領はメルケル独首相に電話を入れ、「米国はドイツのパートナーであり、EUのパートナーだ」と、対EU関係の堅持を期待した。

ワシントンは英国のブレグジット(EU離脱)を受け、欧州の政治はドイツ主導に益々傾くと予想し、EUの拠点はブリュッセルからベルリンに移動すると見ている。実際、メルケル首相は英国のEU離脱決定直後、フランスのオランド大統領とイタリアのレンツィ首相をベルリンに招き、翌日開催されるEU首脳会談の準備をしている。ちなみに、メルケル首相が仏伊両国首脳だけを招いて会談をしたことが報じられると他のEU加盟国から批判と懸念の声が聞かれたという。以上、シュピーゲル誌の分析だ。

メルケル首相は過去、何度も「世界で最も影響力のある女性」に選ばれた政治家であり、欧州の政治的安定のシンボルと受け取られてきた。実際、ドイツは既に「EUの盟主」であり、ギリシャの金融危機の際でもメルケル首相の忍耐強いリーダーショップが大きな役割を果たしたことはまだ記憶に新しい。そのドイツの政治力が英国の離脱後さらに強化されると警戒する声が他の欧州諸国から出てきたとしてもやむ得ないことかもしれない。

ドイツの場合、第2次世界大戦のナチス・ドイツ政権の戦争責任ゆえに、欧州の経済大国になった後も政治的、軍事的指導力を発揮することには消極的な姿勢を取ってきた、歴代独政権は政治的言動を慎重にふるまい、他の欧州諸国から誤解を受けないように腐心してきた。ある意味で、戦後の日本の政治的、軍事的状況と酷似しているわけだ。

例えば、独連邦議会は昨年12月4日、連邦軍にイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討作戦に参戦する道を開く政府案を賛成多数(賛成445票、反対145票、棄権7票、無効33票)で採決したが、ドイツ政府は連邦軍の国外派遣には非常に慎重だ(独連邦軍は過去、1999年のコソボ戦争、2014年に終了したアフガニスタンNATO軍支援部隊に参加)。

ギリシャの金融危機の際もメルケル首相の緊縮政策の続行に対し、メルケル首相を「女ヒトラー」と揶揄するプラカードがアテネ市内で見られた。何か不都合なことが生じると、ドイツは必ずやり玉に挙げられる、といった具合だ。

“気配り外交”を進めるメルケル首相に対し、連立政権パートナーの社会民主党は「ここぞ」といわんばかりに、積極的な言動を発してきた。特に、シュタインマイアー外相はフランスのマルク・エロー外相と連携し、英国のEU離脱後の対策を検討し、経済成長の促進と雇用促進、難民危機の域内外の安全問題で詳細な対策を発表するなど、積極的な政治イニシャチブを発揮している。メルケル首相は内心ハラハラかもしれない。

いずれにしても、英国のEU離脱後、ドイツの政治力は否が応でも強まる。それだけにメルケル首相のかじ取りはこれまで以上に慎重にならざるを得ないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。