中国の侵略に備える―ルトワック氏の封じ込め戦略

国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は、中国が南シナ海に設定した独自の境界線「九段線」には国際法上の法的根拠がないと認定した。

同裁判所はこのほか、「南沙諸島には排他的経済水域(EEZ)を設けられる国連海洋法条約上の『島』はなく、中国はEEZを主張できない」「中国がスカボロー礁でフィリピン漁民を締め出したのは国際法違反」「ミスチーフ礁とセカンドトーマス礁はフィリピンのEEZ内にある」などと認定。中国の主張をほとんど退け、中国の国際的孤立を浮き彫りにした。

案の定、中国は逆上し(たふりをし)、「違法茶番劇」(中国メディア)、「紙くず(注――裁判所の判決)に外交努力が邪魔されるべきではない」(駐米大使)と批判して、領有権問題は当事者間の対話で解決されるべきだと、中国政府の従来の主張を繰り返した。

中国は二国間対話を進めれば、孤立しないと思い込んでいるのだ。

「これは中国の錯誤である」――。米国の世界的な戦略家であるエドワード・ルトワック氏は近著「中国4.0――暴発する中華帝国」(文春新書)の中で、中国の動きを予測するかのように書いている。

(ベトナムのような)小国は圧倒的なパワーを持つ中国と二国間交渉をするはずはなく、他国の支援、同盟によって対抗しようとする。ベトナムより大きい日本でも同様だ。

中国が大きくなればなるほど、それに対抗しようとする同盟も大きくなるのだ。……中国が日本に対して圧力をかけようとすると、アメリカが助けに来るし、べトナム、フィリピン、それにインドネシアなども次々と日本の支持にまわり、この流れの帰結として、中国は最初の時点よりも弱い立場追い込まれる。これが(中国の錯誤の)核心である

安倍首相の活発な海外歴訪が示すように、実際の昨今の動きはそうなってきている。その分、国際法を無視する中国の孤立化が進んでいる。オランダの仲裁裁判所の判決はその決定打というべきものなのだが、中国はそれに気付いていない。あるいは気付いていても対応を変えられないのだ。

ルトワック氏の「チャイナ4.0」とは、かつて国民党軍の高官が酔っ払って書いた「九段戦」という馬鹿げた地図を放棄し、アメリカの警戒感を解消するために空母の建設を放棄することにある。

(このチャイナ4.0は)今の中国にとって究極の最適な戦略だが、現在の中国にはおそらく実行不可能(だ)

1つは今の中国は内向きで海外の正確な情報が習近平にまで届かず、極めて不安定だからだ。また、外国を理解できず、「自分たちこそ世界一、後の国は我々の家来だ」という昔ながら「冊封体制」のメンタリティが外国への理解を阻んでしまう。2000年代半ば以降の経済大国化(の幻想、過信)が「冊封」メンタリティをいやまし高め、それが大きな弊害となっている。

今1つは習近平がチャイナ4.0を思いついたとしても、彼は人民解放軍に殺されるかもしれないし、人員解放軍がわざと対外危機を起こすかも知れない

世界の大国にのし上がりながら、北朝鮮とそれほど変わらない独裁国家の不安定性が増長されている。「今そこにある危機」である。

では、日本はどうすればいいのか。日本人は今、昨今の尖閣領域への中国軍の侵入の増加などから「中国政府が軍をコントロールできていないために、現場が暴走するのではないか」という懸念を持っている。ルトワック氏は「この懸念は実に真っ当なもの」として対中「封じ込め政策」を提案している。

その提案は結論から言えば「尖閣領域のような小さな島の問題はアメリカに頼らず、自分でやれ」ということだ。
米国は核抑止や大規模な本土侵略に対する抑止は日米条約によって提供する。だが、島嶼奪還のような小規模なことにまで責任は持てない。「日本が自分で担うべき責任の範囲なのである」。

ルトワック氏は戦略家として米国の軍事戦略にも深くかかわっている。だから、この姿勢は米政府もほぼ同様だ、と言っていい。

島嶼防衛は日本独自の責務--。そのためには多元的な対中封じ込め戦略が不可欠だ、と提案する。

(海上保安庁、海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊、外務省などが)独自の対応策を考えておくべきなのである。「多元的能力」を予め備えておくことによって、尖閣に関する「封じ込め政策」は、初めて実行可能なものとなる

その際、「慎重で忍耐強い対応」という日本の役所の大好きな「先延ばし戦略」は逆効果だ、とルトワック氏は警告する。

そもそも中国は、(過去)15年のうちに三度も政策を変更している。さらに作戦レベルや現場レベルで、ソ連でさえ決して許さなかったような軍事冒険主義が実質的に容認されている

昨今の東シナ海、南シナ海での中国海軍の危なっかしい行動にそれが現れている。

これに対抗するには、有事に自動的に発動される迅速な対応策が予め用意されていなければならない。中国が突然、尖閣に上陸したとき、それに素早く対応できず、そこから対応策を検討したり、アメリカに相談をもちかけたりするようでは、大きな失敗につながるだろう

自分でやらずに、すぐにアメリカに頼る日本の外務省の体質を熟知したような指摘である。そして外務省も尖閣侵入のような有事に備えて海外諸国と連携した対応策を容易しておかねばならない、と説く。

例えば、中国との貿易が多いEU(欧州連合)に依頼して、中国からの貨物処理のスピードを遅らせるよう手配する。

こうすれば中国はグローバルな規模で実質的に「貿易取引禁止状態」に直面することになり……かなり深刻な状況に追い込まれるはずだ

大事なのは、こうした具体的な行動が実現できるように、平時から準備しておくこと。自力で。

対米依存度の高い外務省や防衛省は「今そこにある危機」に対応し、それをやっているだろうか。そこが問題である。