都知事選をただの「人気投票」で終わらせるな!

田原 総一朗

今回の東京都知事選挙は、争点のない選挙になっている。主力候補といわれている増田寛也さん、小池百合子さん、鳥越俊太郎さん、いずれも都政に対する抱負なるものが見られない。都民はいったい何を基準に新しい都知事を選べばいいのだろうか。

宇都宮健児さんは、これまで2度、都知事選に出馬している。都政について、もっとも明確な抱負を持っているといえよう。前回の選挙では次点だった。だが、その宇都宮さんは、鳥越さんが野党統一候補となったことで、出馬を取りやめてしまった。

東京都知事選挙は、知名度を競う戦いになってしまうことが多い。古くは美濃部亮吉さんや青島幸男さん、石原慎太郎さん、猪瀬直樹さん、そして舛添要一さんなどだ。

1967年から3期12年都知事を務めた美濃部さんは、社会党と共産党の推薦で出馬した。戦前、東京帝大の政治学者として名を馳せた美濃部達吉の長男として、そしてご自身もマルクス経済学者として有名だった人だ。彼のスローガンは「ストップ・ザ・サトウ」。当時、自民党の佐藤栄作さんが首相在任3年目、日本政治は自民党の「一強多弱」だったといっていい。美濃部さんが「ストップ・ザ・サトウ」を掲げたのは、そうした政治背景があったからだ。だが、これはよく考えると国政に対して、都知事が「ノー」というのだから、筋違いである。しかし美濃部さんは当選した。

青島さんは、マルチタレントだった。テレビ番組の司会をして、映画の監督も主演もして、作詞作曲もして、そして直木賞も受賞した。タレント議員のパイオニア的存在でだった。そんな彼のスローガンは「都市博をつぶせ」だ。都市博とは「世界都市博覧会」のことで、選挙の翌年、1996年に東京のお台場で開催される予定だった。もちろん、すでに段取りは進んでいた。それにもかかわらず「つぶせ」といったのだ。そして、実際に青島さんは都市博を取りやめた。だが、それ以外に業績らしきものはない。

青島さんが知事になって数カ月後、僕は彼にインタビューをする機会を持った。「都市博の取りやめ以外に、いったい何をしたいのか」と率直に問うた。すると青島さんは、「自分は1位に限りなく近い2位になりたかったのだ」と答えたのだ。つまり、知事になるつもりはなかったということだ。抱負がないのは当たり前だった。

彼らに対して、猪瀬さん、舛添さんは、ともに強烈な抱負を持っていたと思う。僕が彼らにインタビューをしたときも、都政について熱っぽく語っていた。しかし二人とも、都政とは直接、関係のない問題で、辞めていった。とても残念なことだ。

今回、都知事選に出馬を決めた増田さんは、地方創生、地方の活性化を主張してきた人だ。東京から地方へ人を移そうといってきた人が、都知事選に出馬するというのも皮肉なことだ。

小池さんが当選すれば、初の女性都知事の誕生となる。その意義は十分にあると僕は思う。しかし、彼女が訴えているのは、「冒頭での都議会解散」だ。個人対組織、つまり「対自民党」、そして「対都議会」という戦いを全面に出すことは、都政への抱負とは違う。

最後に出馬を決めた鳥越さんは、参議院選で自公、そして憲法改正を是とするおおさか維新の会などが、合わせて3分の2を超えたことに、「危機感を持って出馬を決めた」という。それは、国政に危機感を持って、都政に打って出ようということだ。さしずめ「ストップ・ザ・アベ」、一強多弱への危機感であり、かつての美濃部さんに似ている。

鳥越さんの出馬で、都知事選はおもしろくなった。だが、3人とも都政への抱負がないという点で、変わりない。もっとも、あの美濃部さんも、都知事となってから、歩道橋を増やしたり、後楽園競輪場を始めとする都営ギャンブルを廃止したりという実績を残した。

選挙戦は、これからまだまだ続く。この3人を始めとした候補者たちには、東京についての抱負を熱く語ってほしい。都知事選をただの「人気投票」にしてはならない。


編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2016年7月22日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。