トランプ候補、正式指名スピーチで恐怖心理戦略を活用

安田 佐和子

不動産王のドナルド・トランプ候補は共和党全国大会の最終日にあたる21日、無事に共和党の正式な米大統領候補に指名されました。

デザイナーとして成功を収める長女イヴァンカの紹介を受け、悠々と登場したトランプ候補のスピーチは、どんな内容だったのでしょうか?ワシントンDCから来た研修員のアメリカ人女性いわく「自分を選出しなければアメリカが最悪の方向へ向かってしまうといったような、恐怖心理を煽った内容だった」と振り返ります。また「事前にリークされた内容をほぼ踏襲しており、珍しくアドリブに乏しかった」とか。

肝心の内容を振り返ってみましょう。せっかく、このサイトが演説の内容のファクトチェックをしてくれているので取り上げてみました。

(労働人口)
トランプ候補「オバマ政権のスタートから1400万人が労働市場から撤退した」・・・×
→2009年1月に労働参加率は65.7%だったが、2016年6月には62.7%へ低下した。ただし2009年1月は1億5420万人だったところ、1億5890万人へ増加した。

(米国の世帯年収)
トランプ候補「世帯年収は2000年から4000ドル減少した」・・・○
→2014年の実質世帯年収の中央値は5万3657ドルで、2000年の5万7724ドルから約4000ドル減少した。

(米国の政府債務)
トランプ候補「オバマ政権は政府債務をほぼ倍増させ19兆ドルへ増加させた」・・・○
→政府債務は2019年の四半期ベースで11.2兆ドルだったが、2016年の四半期ベースで19.3兆ドルまで増加した。倍増ではないものの、19兆ドルに至る。

トランプ候補の演説に、大盛況な観衆は白人が多いという実情。

(出所:youtube

(移民問題)
トランプ候補「何十年にわたる記録的な移民の流入が賃金を下振れさせ、黒人を中心に米国市民の失業率を押し上げている」・・・×
→技能のない移民流入は高卒中退者の米国人の賃金を下落させたデータは存在するが、大部分を占める高卒以上の米国人の賃金は上昇した。

トランプ候補「ヒラリーは大量のアムネスティ(不法移民をアメリカ市民へ受け入れる策)を提案し、大量の移民を流入させ、大いなる無法状態を招こうとしている。学校や病院を移民で埋め尽くし、あなた方の職や賃金を奪い、最近米国へ流入した移民が貧困から脱却することを困難とさせている」・・・△
→不法状態というのは、不法移民を大量に流入させる事態を連想させるが、クリントン候補のいう「包括的な移民改革」には現在の不法移民を米国市民に組み入れつつ、国境警備や安全保障の強化を含む
(TPP)
トランプ候補「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、米国の製造業を破壊するだけでなく海外政府に米国の支配権を与えうる」・・・×
→米国の製造業セクターは生産ベースで良好な水準だが、雇用は過去30年間にわたって減少中。低賃金の加盟国であるマレーシアやベトナムの主産業は繊維関連であり、米国の製造業に打撃が及びづらい。またTPPは貿易障害を減らすため、日本を中心に米国の輸出が拡大する期待もある。海外政府には支配されないが、裁定をめぐっては国際間の委員会の判断が必要になる。

(インフラ整備)
トランプ候補「道路や橋脚は崩壊し、航空は第三世界の有様で、4300万人がフードスタンプに頼っている」・・・△
→4300万人がフードスタンプ受給者というのは正しく、米国土木学会は米国のインフラに対し「Dマイナス 」と落第点に近い採点をつける。しかし、1万7000カ所の航空を網羅するプライスノミクスのデータでは、米国は最高ランクに挙げる。

(イラン核合意)
トランプ候補「イラン核合意で凍結されていた1500億ドルもの同国資産が解除されるが、米国には一銭も落ちてこない。過去最悪の合意の一つとして歴史に刻まれるだろう」・・・×
→そもそも凍結解除される資産は1000億ドルとされ、債務支払いと結びつい資産もあり直ちに利用可能な金額ではない。専門家の間では350億~600億ドルと試算されている。また米国との合意により、イランにとって核兵器開発が一段と困難になった。

(犯罪率)
トランプ候補「何十年にもわたる犯罪撲滅への進展は、オバマ政権が犯罪の取り締まりを緩和させたため反転した」・・・△
→殺人率は1980年に10万人中で10.2人だったが、2014年は10万人中で4.5人へ減少。ただし取り締まり体制は評価できない。

――トランプ候補を選出しなければお先真っ暗な未来が待っているという内容に、聴衆は新たに同氏に投票する決意を固めたのかもしれません。白人以外のマイノリティにも配慮し、黒人やヒスパニック層を挙げ移民流入の悪影響を語っていたのも印象的。ただし、無党派層が同候補のスピーチに関心を示したかは、不透明です。

ライバルであるクリントン候補の名前は、19回登場しました。テッド・クルーズ米上院議員が反旗を翻したように共和党内の結束が懸念されるなか、「unite」という言葉は5回に過ぎません。「オバマ」は6回、「移民」は15回、「変化」は10回。興味深いことに「暴力」は13回と比較駅多かった。いかに恐怖心理作戦を展開したかが、伺えるというものです。

(カバー写真:youtube


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年7月22日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。