オーストリア日刊紙「エステライヒ」によると、オーストリアには約28万人のトルコ系出身者が住んで居るが、そのうち13万5000人はトルコ国籍所有者だ。前回の総選挙結果から判断すると、そのうち約70%がエルドアン大統領の「公正発展党」(AKP)を支持し、15%が「民族主義者行動党」(MHP)を、15%がクルド系政党「国民民主主義党」(HDP)を支持している。ちなみに、オーストリア居住の90%以上のトルコ人は今回の軍一部のクーデターを拒否しているという。
クーデター未遂事件が報じられると、オーストリア居住のトルコ系住民が無許可のデモ行進を展開し、エルドアン大統領の支持を訴える一方、クーデター派を批判。ウィーン市内ではクルド系レストランがデモ参加者に破壊されるという騒動もあった。「クーデター派の首をとれ」といった激しい檄を書いたプラカードを掲げる参加者もいたという。オーストリア憲法保護局はトルコ人の動員力に驚いたという。
トルコ系住民のデモに対し、オーストリアの大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏は、「トルコの最大少数民族クルド系住民を攻撃するなど、トルコ国内問題を海外に持ってきて展開し、民族紛争を煽ることは許されない」と批判。セバスチャン・クルツ外相も、「トルコ国内の混乱がオーストリアのトルコ社会にまで波及して、騒動が起きることを懸念する」と述べている。
クーデター未遂後、エルドアン大統領はクーデター蜂起の主体勢力は米国亡命中のイスラム指導者ギュレン師だと名指しで批判し、米政府に同師の引き渡しを要求する一方、トルコ当局は、クーデター事件に関与した軍人らを拘束し、公務員を停職処分、教育関係者や報道機関にも粛清の範囲を拡大、放送免許を取り消されたラジオとテレビ局・チャンネルは24に及んでいる。粛清された公務員や教育関係者、マスコミ関係者はギュレン師支持派だという。
エルドアン大統領の強権政治が強化され、野党派勢力、ギュレン師派関係者が今後も弾圧されれば、彼らが国外に亡命するケースが予想される。同大統領は20日、非常事態を宣言し、「欧州人権宣言」の一時停止などを仄めかし、反政府への弾圧を強めている。
欧州の入り口に位置するオーストリア政府は、シリア、イラク、アフガニスタンからだけではなく、トルコ系移民、難民がバルカン諸国経由でオーストリア国内の親戚を頼って移住してくるのではないかと懸念しているほどだ。
欧州連合(EU)はトルコ政府とシリア、イラクからの難民対策で協定を締結し、トルコ国内で難民申請とその身元確認を実施し、大量の難民・移住者がコントロールなく欧州に殺到するのを阻止することで合意したが、トルコでクーデター未遂事件が発生したことから、EUとの合意が履行できるか分からなくなってきた。それだけではない。トルコ国内の反体制派が大量に欧州に政治亡命してくるシナリオが新たに加わってきたのだ。
なお、ドイツでは2005年から始まったトルコのEU加盟交渉の中止を求める声が高まっている。ドイツ週刊誌フォークスによると、ドイツ国民の75%がトルコとの交渉中断を支持しているという。オーストリア代表紙プレッセ22日付は一面トップに「トルコ、欧州から別れ」という大見出しを掲載している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。