右が塚口直史氏、左は編集者の大島(総合法令出版)
ファンドマネージャー(FM)は、投資家の資産を預かり管理しながらそれを上手く増やし運用する仕事である。資産運用を委託され、投資のプロとして業務を行うことは決して簡単ではない。国際金融市場にも精通し情報と分析を兼ね備えていなければ一流とはいえない。
『情報を「お金」に換える シミュレーション思考』(総合法令出版)の著者である、塚口直史(以下、塚口)は、ファンドマネージャーとして世界第3位の運用実績を計上したことがある。「ジョージ・ソロス抜いたFM」と称されることもあるそうだ。
2015年、中国経済危機に備えるポジショニングが奏功し、50%以上の投資利回りを実現し世界3位として表彰される(ファンド評価会社バークレイヘッジ社、2015年度グローバルマクロ戦略部門)。また同年、ロシア国内での運用成績でも1位を記録する(ロシアヘッジファンドインダストリー 国際部門)。
リーマン・ショックを含む世界金融危機、ギリシャ・ショックなど、世界が揺れ、ほかの投資家が軒並みマイナスの成績となるなか、驚異的なリターンを挙げる塚口の思考法について探ってみたい。
●シミュレーション思考に必須とされる地政学とは
――投資家や経済学者のなかには地政学を重視する人が多い。事実、地政学を理解すれば世界の動きがよく見えてくると称する人も少なくない。地政学の基礎になっている地理的条件を分析するといまの世界の動きが見えてくる。
「地政学とは、地理と歴史の間にある長期的な関係を見出そうという学問です。例えば「日本が日露戦争で勝利できたのはなぜか?」という質問にも、地政学の観点から回答を導き出すことができます。」(塚口)
「それは、『日本が覇権戦争の紛争地域から遠かったから』という一点につきます。さらに掘り下げれば、1840年にアヘン戦争で清帝国が滅亡の危機であることが伝わってきます。その後、ペリーが来航し、日本は約300年続いた鎖国を解かれることになります。」(同)
――事実、このような背景から日本では万国対峙を旗印に中央集権国家を創設し欧州列強に対抗し得る軍事力を整えていった経緯がある。他国に鎖国を解かれながらも日本は独立を維持し、日清戦争を経て遼東半島を手に入れたものの、三国干渉で返却するという苦渋を味わっている。
「ところが、欧米から遠く離れた国の位置を最大限にいかし、国力を高め、日露戦争で雪辱を果たすわけです。当時の日本は1866年、過去と未来の連続性が途絶えてしまう幕末から、欧州列強と互角に戦う国力を蓄えてきました。日露戦争での勝利の背景には、地政学の感度を高く有していたことが挙げられます。」(塚口)
――また、塚口は、欧米各国との間で激化するテロについても、地政学の観点から説明ができるとしている。
「耳をすませば聞こえてくる、欧米各国との間で激化するテロは、遠からずして日本にも余波が訪れるはずです。しかし幸いなことに、日本は欧米から遠く離れています。今のうちにテロ対策を立てておく時間的余裕があるわけです。そして、政治や軍事の事象は『お金』の動きと結びついています。」(塚口)
●地政学とお金の観点からストーリーを作成する
――かつて日本政府に正確なレポートを打電し続けた日本陸軍情報将校がいた。新庄健吉主計大佐である。彼は日米開戦前にアメリカの国力調査を行うため、三井物産の社員として派遣され、3ヵ月で日米戦力比を精緻に算出することに成功する。
「当時の、IBM社製の統計機から弾き出された結果は残酷なものでした。鉄鋼1対24、石油産出力1対無限、石炭1対12、電力1対5、アルミ1対8、飛行機1対8、自動車1対50、船舶保有量1対2、工業労働力1対5といった格差があり、重工業においても1対20という結果が導き出されたのです。」(塚口)
「しかし、当時の東條英機首相は『戦はやってみないとわからない』という主観的な対応でこの新庄レポートを握り潰し、対米宣戦布告を行います。こうした悲劇をくり返さないためにも、地政学とお金の観点から、冷静かつ客観的なストーリーをつくり、シミュレーションする必要があります。」(同)
最後に、塚口のメッセージを引用し結びとしたい。「地政学を理解し、超長期循環である長い時間の流れに耐えることができる国家理念を追い求めながら、様々なリスクを管理することが求められています。まずは足元を見てみましょう。一見大変なことではありますが、そこには国土があり『地理』という、冷徹な客観性を帯びた事実が横たわっています。」
尾藤克之
コラムニスト
PS
7月26日開催の「第2回著者発掘セミナー」は好評のうちに終了しました。多数のご参加有難うございました。なお、次回以降の関連セミナーは8月末頃に公開する予定です。