独精神分析学者「脚光を浴びる殺人」

独精神分析学者マーチン・アルトマイヤー氏(Martin Altmeyer)は独週刊誌シュピーゲル(7月30日号)に「脚光を浴びる殺人」という見出しのエッセイの中で「テロリストは病的なナルシスト」と述べている。

テロリストは、国際空港で、劇場で、フランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近で、ショッピングセンター周辺で、といった公共の場でテロを行う。アルトマイヤー氏は「Amoklauf(暴力の暴発事件)とテロの違いはなく、脚光下の殺人は犯人の全能ファンタジー(Allmachtsfantashie)の演出と理解すべきだ。殺人動機が精神疾患によるものか、破壊された自己像、世界観の結果か、宗教的、政治的イデオロギーによるかとは関係ない。両者は巨大な侮辱への怒り、病的な抹殺欲、完全な狂気によって動かされている」と分析している 。

ミュンヘンのオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)の銃乱射事件もアンスバッハの野外音楽祭会場前の自爆テロも単独犯行だったが、必ず犯行を見ている人々がいる。犯行後の声明もビデオでの犯行宣言も全て病的なナルシズムの自己表現となる。オペラや演劇では観客が多く、拍手喝さいが多いほど成功となるように、暴発行為やテロでも犠牲者が多いほど成功であり、自己のナルシズムを満足させることができる、というわけだ。

ミュンヘンの銃乱射事件の18歳の犯人は過去の大量殺人事件を詳細に研究していた。犯人が強い関心を寄せていたノルウェーのアンネシュ・ブレイビク容疑者(37)は5年前の7月22日、オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したが、拘束された直後、「オスロの爆発が計画通りにいけば、自分はもっと多くの人を殺すことができた」と悔しがったという。ミュンヘンの犯人は自殺することで事件の幕を閉じたが、彼のリュックサックには300個以上の弾薬があったという。彼はブレイビクの大量殺人を意識していたわけだ。

なお、歴史学者 Dan Diner 氏はその著書の中で、イスラム教世界の停滞について言及し、「イスラム教徒の連帯的無意識の中にあるナルシスト的な痛み、傷ついた自尊心、それらを克服するために彼らは絶望的な努力を繰り返すが、結局は過去の西側の植民地化にその責任を帰してしまい、イスラム指導者の責任、教育の欠如などを無視し、イスラム教徒への慢性的差別に不満を吐露している」と述べている。イスラム教世界の“歴史的なナルシズム”を指摘しているわけだ。

ちなみに、アルトマイヤー氏は寄稿記事の中で「イスラム過激派テロ組織が主張するイスラム全体主義は20世紀の2つの全体主義(共産主義とファシズム)から遺産を相続している」と興味深い点に言及している。

同氏によると、イスラム全体主義は共産主義とファシズムに酷似している。①「偏執的な世界共謀説」、共産主義にとって資本が敵であり、ファシズムにとってユダヤ民族だった。イスラム全体主義には堕落した西側世界が悪となる、②「理想とするユートピア」、共産主義では無階級社会、ファシズムではアーリア人世界、イスラム全体主義はイスラム教をシャリア(法律)としたカリフ制国家、③「蛮行に対する道徳的理由」、プロレタリアの名による階級闘争、民族の名によるユダヤ民族抹殺。イスラム全体主義は無信仰者、異教者への戦闘、④「終末的な殉教者、死のカル ト(Todeskult)」、英雄的、社会的、民族的革命家のように、イスラム全体主義は神の戦士だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。