原油市場、「夏バテ」からの体力回復は可能か?

岩瀬 昇

日経・滝田洋一編集委員が「夏バテ40ドル原油のカラクリ」と題して秀逸な分析をされている(2016年8月7日5:30)。基本論調は分かりやすく、納得しうる点が多々あるのだが、締めの文章に強い違和感があり、二度読みしてしまった。

「40ドル近辺というWTIの均衡価格をどう織り込むか、市場と当局の間で腹の探り合いが始まりつつある」

「当局」はまだしも「市場」は擬人化できるものだろうか?

二度読みして、滝田氏記事にある、みずほ総合研究所井上淳主任エコノミストの「下振れ懸念が高まる原油相場~シェールオイルの採算コスト低下が原油安要因に」(2016年8月3日)を読んでみた。

井上氏の基本分析にも同意するが、最も重要な判断は筆者と異なっているようだ。つまり「40ドルがニューノーマル」と考えるかどうか、という点だ。滝田氏も井上氏も「ニューノーマル」という言葉は使用していないが、心の奥底にはその考えがあるように見受けられる。

たとえば井上氏は、IEAなどの「『均衡予想』の信憑性が揺らいでいる」、「原油相場のトレンドが下方シフトした可能性」があり「金融市場の混乱といった特殊要因がなくとも40ドル程度の推移が長期化する可能性がある」と記述している。

なぜ筆者の判断が異なっているか、説明しよう。

両氏は記述していないが、シェールオイルの生産期間が短いという点はご存知のはずだ。生産期間が短いということは、一定の生産量を維持するためには掘削を継続して行わなければならない。だから掘削リグの稼働数が下がるということは、坑井あたりの生産性が向上していることを考慮に入れても、生産量は減少していくことを意味する。

最近の掘削リグ稼働数の増加は、生産量減少傾向の歯止めを、さらに進めば生産量横ばいを意味する。さらにさらに増えれば増産に転ずる、ということだ。なお当然のことながら、掘削リグの稼働と生産開始までには数ヶ月間のタイムラグがある。

まずこの点を押さえておきたい。

さらに両氏の考察に欠如していると思われるのが「DUC」と呼ばれる坑井の存在だ。

「DUC」とは “Drilled but Uncompleted”、すなわちリグを稼働して掘削は完了しているが、水圧破砕を含む仕上げ作業を完了していない坑井のことだ。詳細は弊著『原油暴落の謎を解く』(文春新書、2016年6月20日)を参照して貰いたいが、この「DUC」とは、シェール生産業者が意思決定すれば、掘削リグを使用せずに、比較的短期間に生産にこぎつけることが可能なものである。

この2点を前提に、掘削リグ稼働数が増加傾向に転じ、同時に生産量が増加しているかもしれないという現状を考えると、2~3年前に掘削し生産中の坑井数の減少に歯止めがかかり、一方「DUC」坑井からの生産が開始している、ということではなかろうか。この判断から筆者の見方は、弊ブログ#225「石油は弱気市場の領域に:注視すべき5つのポイント」で紹介したように、米国の原油生産量は9月に810万B/Dで底を打ち、年末に向け830万B/Dに増加するとみている米EIAのものと合致している。

現在の「40ドル」が「ニューノーマル」かどうかは、石油業界の再編成の動きが出るかどうかが重要な判断基準になるのではないだろうか。

もし、大手石油会社がこぞって「40ドル」を「ニューノーマル」と判断するならば、M&Aを目指す売り手と買い手の「会社の価値評価」が一致し、1999年前後と同様の業界再編成が始まるのではなかろうか。弊ブログ#226「スーパーメジャーの2Q決算内容」で一部紹介したように、大手石油会社の決算内容は悪化している。これがさらに進み、配当水準を維持できなくなるほど悪化すると、その可能性は高まるといえるだろう。

筆者は、現状は「リバランス」への道のりがより遠く、より困難になっているが「夏バテ」からの体力回復は可能で、決して「ニューノーマル」ではない、と判断するが、読者の皆さんはどう思われますか?


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年8月7日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。