当初より賛否両論だった「アベノミクス」だが、「結果が出るまで少なくとも3年かかる」という経済学者らの意見に一定の妥当性を認め静観していた方もおられるかもしれない。
だが2016年の現在既に安倍政権が発足して以来3年が経つ上、数か月後には4年が経過することになる。であれば、そろそろ政策の結果が様々な形で出始めてもおかしくない頃だろう。
ということで今「アベノミクス」の成果について改めて考えてみたい。本稿では主に「失業率の改善」に焦点を当てる。
「失業率改善」の具体的内容は?
2012年以来の自民党政権の経済政策による円安状態の安定化により、日本国内における失業率は若干ではあるが改善し始めている。しかしながら、具体的にどのような形で「失業率」が改善したのであろうか。
これを明らかにするため、「アベノミクス」による「失業率改善」に対して向けられ得る批判を三つ取り上げ検討してみたい。
求職者が就労意欲を失った?
まず、仕事が全く無い状態にある人々について。
失業率というのは失業者数÷労働人口で計算されるため、労働人口に数えられない「非求職者」つまり統計上「ニート」あるいは「学生」という扱いになっている人々が増加すれば失業率は低下する。
従ってアベノミクスによる失業率の低下は、被雇用者の増加ではなく非求職の増加が原因ではないかという批判は一応可能である。
だが、アベノミクスに関してはこの批判は当たらない。最新統計によれば求職非希望者および求職希望者はともに減少しているので、所謂「ニート」がアベノミクス以後増加したとは言えないからだ。むしろ減少したと見る方が正しいと思われる。
もっともこれは単に労働人口が減少傾向にある(定年退職者の急増など)ためであって、アベノミクスの成果ではないという意見もある。
だが、民主党政権時には増加傾向にあるとさえ言われていた若年層の「ニート」が少なくともアベノミクス以後は増加したという事実がないという意味では、アベノミクスは本来起こるべき経済の流れを妨げなかったという点だけでも文句なしに成功だったと言える。
非正規雇用を増やしただけ?
次に、非正規雇用の割合という点。
アベノミクスによって創出された雇用は、正規雇用ではく非正規雇用などの不安定雇用であり、従って一時的な対策に過ぎないという批判はよく聞かれる。
実は、「アベノミクス」政策以後の平成27年には正規雇用が8年ぶりに増加しているので正規雇用が全く増えていない、あるいは減少しているわけでは決してない。「アベノミクス」あるいは政府主導の円安の影響で正規雇用はわずかながら増加している。
ただ、非正規雇用も平成21年(リーマンショックの翌年)を除いて増加傾向にあるのは事実だ。結果として全労働人口中非正規雇用者が占める割合は若干の例外を除き概ね増加傾向が続いており、平成27年には37.5%にのぼっている。
つまり就業者の約四割弱が非正規雇用だということになる。かつ正規雇用を希望しつつ非正規雇用についている者も一定数存在する。従って、割合としては非正規雇用率が増加しているのは否定できない事実である。
この点を考慮するならアベノミクスによる「景気回復」の中長期的影響が必ずしも肯定的なものではないという主張には一定の説得力がある。
増加した正規雇用の中身は実は介護職がほとんど?
最後に、増加した正規雇用に関して。正規雇用は確かに増加したかもしれないが、その中身は介護などの低賃金労働なのではないかという批判がある。
確かに、正規雇用者の職種の内実を見てみると実は「医療・介護職」の割合の増加が顕著であり、特に介護に至っては平成12年以来一貫して増加しつづけていることがわかる。かつ平成21年には約45.8万人だったのが平成25年には66万人に上り、この間の期間だけで20万人以上増加している。
また平成23年から平成25年の間には毎年6万人のペースで増加しており、仮にこの傾向が続いているとすると総務省発表の26万人の正規雇用者の増加のうち実に四分の一弱が介護職員の増加によるものだとわかる。
実際介護職員の拡充に政府は力を入れており、その意味でも政治的努力による雇用の創出としては成果が出ていると見ることもできるだろう。
だが、介護サービス自体が非労働人口を対象としてサービスであり、従ってサービスの対価として支払われる代金の財源は主に高齢者の貯蓄および老齢年金を含む国家による社会保障支出に依存しているという点で業界の成長には一定の限界がある。もちろん家族の負担を当てにすることもできなくはないが、少子化傾向の中ではやはりそれにも限界があるだろう。
また少なくとも介護士にとっては、より良いサービスを提供することでより高い代金を請求できるようになるというわけでは必ずしもない。そもそも介護が必要な高齢者にはサービスの質を評価することが難しい場合も多いからだ。
また、ひっ迫する人材不足問題を前に政府は人工知能技術なども含めた介護ロボットの導入も積極的に支援している為、技術の発展による技術的失業の脅威自体は全く無くなっていない。介護職員を増やしても、彼らが潜在的に失業の脅威にさらされているという事実は消えないのである。
従ってこの批判も一定の説得力を持っていると言えるだろう。だが、介護職の増加に見られるような正規・非正規の区別のみにとどまらないより広義の職種による雇用格差、あるいは教育段階での挫折という現象は必ずしも安倍政権、あるいは政治の責任に帰することができるものでもない。これは政治政策以前に、技術革新に伴う技術的失業という現代社会の構造的問題が存在するからである。
まとめ
こうしてみると、アベノミクスが労働市場に実際にもたらしたのものは主に三つである。
まず第一に、65歳以下の層において非労働人口を含む無業者の減少を達成したこと。
第二に、正規雇用の増加が鈍化したのを受けて最近10年では非正規雇用が急激に増加していたが、その傾向がリーマンショック後の不景気により長期的に鈍化していたのを再び増加傾向に戻したこと。
第三に、公費投入によって直接雇用創出できる介護等の分野で正規雇用の大規模拡大を達成したこと。
これらを政治の成果と見るか、まやかしと見るかは立場によるであろう。だが、アベノミクスによって解決されていない問題というのは安倍政権の掲げる政策のイデオロギーや陰謀に由来するわけでは必ずしもなく、むしろアベノミクスは世界的に生じている技術的失業の脅威に対して、現状「政治」に許された権限の中で「政治」が行える精一杯の抵抗として見ることも間違いではないと思われる。
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神谷 匠蔵
1992年生まれ。愛知県出身。慶應義塾大学法学部法律学科を中退し、英ダラム大学へ留学。ダラム大学では哲学を専攻。