厚労省が、入園予約制を検討している、というニュースがありました。早速厚労省保育課にヒアリングをしたので、本件について記事にしてみました。
背景
これまでは多くの親たちが、一歳児で入れることが難しいので、育休を前倒して0歳児で入れていました。本来なら1年間育休を取れる権利を放棄せざるを得ないという意味で、大変不公正でした。また、コストの高い0歳児保育を、本当はそうしなくても良い人に提供することになっていたので、社会的コストにもなっていました。
今わかっている制度の概要
そこで厚労省は「入園予約制」を導入して、事前に予約して(0歳で無理くりいれるのではなく)、1歳で入れるようにしようとしています。(正確には、そういうことが来年度からできるよう、概算要求と言って、財務省に予算をお願いしている、という状況)
参考:
入園予約制、運用に課題 「保活」負担緩和/不公平感の恐れhttp://www.asahi.com/articles/DA3S12527025.html?ref=nmail_20160825mo
認可保育所の入園予約制、都市部は課題も 横浜は見送りhttp://www.asahi.com/articles/ASJ8S5S30J8SUCLV00N.html
例えば今年の8月に生まれたマサキくんがいたとします。今だと4月じゃないと認可保育園に入れないから、お母さん(*)のエミさんは、本当だったら翌年の8月まで取れる育休を早めに切り上げて、翌年の4月に認可に入れるよう保活をします。
でも、入園予約制ができれば、エミさんは育休を1年間まるまる取って、翌年の8月からマサキくんは保育園に入れます。なぜなら、事前に予約しているので、空き枠が確保されているから。
これで、エミさんのような家庭は、育休を取る権利を侵害されず、そして復帰間際の保活で戻れるか戻れないかヒヤヒヤすることもなく、安心して復帰できるのでした。
本当にそんなにうまくいくの?
さて、これだけ聞くととても良い制度なのですが、実現にあたってはたくさんのハードルがあります。以下に課題を並べてみましょう。
待ってる間の空き枠が無駄に
さっきの8月生まれのマサキくんと母親のエミさんに戻りましょう。エミさんが保育園に入園予約を入れました。育休1年を取ったあとの、8月にマサキくんを入れたいと。すると、保育園は4月に進級と新入園があるため、4月に空きがでます。そして保育園は4月から8月の間の4ヶ月、1枠マサキくんのために空けておかなくてはなりません。
この間、周囲にはたくさんの待機児童家庭が涙を飲んでいます。これは、果たして良いのでしょうか。
また、補助金は子ども一人あたりの預かりで支払われます。保育園はその間、保育士を抱えているにも関わらず無収入です。
もちろん、その分補填してくれれば保育園の財務的にはセーフですが、ただ、子どもを預かっていないのにお金が保育園に支払われるよりも、ちゃんと預かって支払われた方が社会的には良い、という考え方もあるでしょう。
早いもの勝ちで、深刻度が高い家庭が押しのけられる可能性
さらに、早いうちに予約によって枠が埋められることで、深刻度が高く(よってポイントが高い)家庭が入れない、という「逆転現象」も考えられます。
例えば、8月生まれのマサキくんのお家は、事前予約の締め切りの10月に申請を出して、11月に内定が決まりました。一方で、1月に職を失ったシングルマザーのお隣さんのお家は、すぐに保育園を確保して次の仕事を探さないと、生活が成り立ちません。しかし、すでに予約で埋まってしまった保育園には4月からの空きもないので、次の4月まで1年以上待たなくてはなりません。お隣さんは本当に困ってしまうのでした。
保活が予活に
そうしたことがあるので、予約枠にみんなは殺到します。一方で、保育所の数は思うように増えていきません。処遇が低いことから保育士になりたがる人は少なく、都市部では極度の保育士不足で、なかなか保育園がつくれないからです。
そうすると、結局は椅子取りゲームであることは変わらず、椅子とりゲームの形が変わって、予約制になる、というだけです。黄金の予約チケットをもらえた人は良いですが、もらえなかった人たちが困るのは変わりません。
実際に予約制を導入している品川区は180人近くの待機児童がおり、この制度があるからと言って待機児童が解消されているわけではありません。
そして、この辺りを突っ込んだところ、厚労省の方々も「具体的にはこれから検討で・・・(ゴニョゴニョ)」という感じでした。まだ、詰め切れてはいないようです。
単体での待機児童解消効果は薄い
まとめると、「予約制それ自体に待機児童解消効果はない。けれど保護者にとっては良い仕組みだから、保育所をたくさんつくることと並行して制度化していくのは悪いことではない」ということになります。
どうすればより機能する?
さて、これまで予約制の課題について主に述べてきましたが、「こういうところが難しい」という話は割と誰でもできるので、最後に待機児童問題の最前線で戦う実務家として「こうすればもっと良いよ」というところを述べることで付加価値を提供したいと思います。
まず、本質的には枠が増えないことには、予約制が新しい椅子取りゲームになってしまうことは、先に述べました。だとすると、枠を増やせば良いのです。どうやって?
「認可されたベビーシッター」居宅訪問型保育と認可外を組み合わせる
そう、これまで通年保育の主体とみなされていなかった、ベビーシッターや認可外保育所を「つなぎ」で短期的(育休切れから新年度まで)に預けられる先として行政が準備すれば良いのです。
幸い、子ども子育て新制度の中には既に「居宅訪問型保育」という事業類型ができています。簡単に言うと、認可されたベビーシッターです。今は保育所に通えない重度障害児のマンツーマン保育に主に使われている制度ですが、これを予約児童の「つなぎ保育」として活用できるようにすれば良いのです。年度途中の場合、次の新年度まで居宅訪問型でつなぎ、新年度から認可保育所に入園できるようにするのです。そうすることで、認可保育所側も貴重な枠を空気を預かることで浪費しないですみます。
居宅訪問型保育の様子(現在は主に重度障害児のマンツーマン保育に使われている制度)
また、予約できた認可保育所の新年度の入園時期まで、認可外保育所に預けてつながせてもらう。その際の認可外保育の保育料は、行政が補助し認可保育所並にします。いわゆる保育バウチャーですが、これによって「つなぎ保育」市場という新しい分野ができ、そこを担おうとする事業者も出てくることでしょう。
つなぎ保育は短期間ということもあり、既存の一時預かり施設に近いものなので、認可保育所並の規制をはめるのではなく、保育者要件等を多少緩和することで、つくりやすくしていくべきでしょう。(とはいえ質のチェックに行政は責任を持たなくてはいけないのは言うまでもありません)
というわけでまとめますと、「単純に予約制を入れるだけだとダメだけど、居宅訪問型保育や認可外保育と組み合わせる等、工夫すれば良い制度になり得る」ということでした。厚労省さん、そこんところ、しっかり宜しくお願いします。
*説明のため育休取得率の高い母親を採用しましたが、本来は男性育休取得率がもっと上がるべきだと強く思っています。
編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2016年8月26日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。