エルドアン大統領の野望と終わり

長谷川 良

「エルドアン大統領の失脚を計画したトルコ軍の一部勢力によるクーデター事件(2016年7月15日)は米国の支援を受け、実行されたが、ロシアのスパイ衛星がトルコ軍の移動をキャッチし、モスクワがエルドアン大統領側近に急報、それを受けて同大統領が迅速に国民を動員することでクーデターを阻止した、というのが“事件の核心”ではないか。米国はエルドアン大統領がロシアのプーチン大統領との連携に傾斜してきたことに危機を感じ、同大統領の失脚を計画、トルコ軍の一部と組んでクーデターを実施したが、ロシア側の関与で失敗した」

▲アルベアティ氏の新著「Auf der Todesliste des IS」

▲アルベアティ氏の新著「Auf der Todesliste des IS」

以上は、クーデター未遂事件後、トルコ入りして現地取材したイラク出身の中東テロ問題専門家、アミール・アルベアティ氏が当方に語った内容だ。

同氏の情報を少し説明する。
クーデター未遂後、エルドアン大統領は8月9日、ロシアのサンクトペテルブルグでプーチン大統領と会談している。トルコとロシア両国関係は昨年11月、トルコ軍が領空を侵犯したロシア戦闘機を撃墜して以来、険悪化していた。しかし、トルコ側はロシアとの経済関係を重視し、ロシア側に歩み寄った。先月9日の首脳会談はその両国関係の修復を内外にアピールするもの、と受け取られた。しかし、会談の本当の狙いは別のところにあった。エルドアン大統領はクーデター事件の際のロシア側の支援に感謝すると共に、両国関係の強化についてプーチン大統領と話し合ったのではないか。

その2週間後、今度はワシントンからバイデン副大統領が8月24日、トルコ入りし、エルドアン大統領、ユルドゥルム首相らとシリア・イラク情勢などで意見の交換をした。直接の訪問理由は、トルコ側のクーデター未遂事件の主犯者ギュレン師引き渡し要求に対する米国の説明と、米軍が駐留するトルコ南部インジルリク空軍基地使用の確約を得る目的があったはずだ。それだけではない。同時に、米国はエルドアン大統領のロシア寄りに不満を表明し、路線の修正を要求、「ロシア寄りの政策が続けばエルドアン政権の安定の保証はない」とはっきり警告したはずだ。

クーデター未遂後、エルドアン大統領は「クーデターの主体勢力は米国亡命中のイスラム指導者ギュレン師だ」と名指しで批判し、米政府に同師の引き渡しを要求する一方、クーデター事件に関与した軍人らを拘束し、公務員を停職処分、教育関係者や報道関係者を粛清していった。エルドアン大統領の強権政治、粛清に対して欧米社会から批判の声が高まっている。

(クーデター未遂事件後のエルドアン大統領の言動と今後について)

「エルドアン大統領は軍国主義とイスラム教民族主義の中間的な路線を歩みだしている。これはトルコ国内だけではなく、欧州にも大きな影響を与える動きだ」と主張する。

「エルドアン大統領は警察力、弾圧を駆使し、根本主義的なイスラム教国、オスマン帝国に倣った個人崇拝を定着させようとしてきている。トルコはイスラム国建設に最も近い位置にある。エルドアン大統領は世界のイスラム教国の指導者を演じてきた。過激なイスラム教徒ばかりか、アラブのイスラム教徒、特にエジプトの『ムスリム同胞団』関係者にその影響を広げている。エルドアン大統領は多くのアラブ人たち、湾岸諸国の裕福な人々、シリア人やイラク人にも支持者を増やしている」

「国民のイスラム教化の促進のために、エルドアン大統領は9月からの新しい学期から小学校の生徒にアラビア語の学習を義務付けた。目的はアラビア語の学習だけではなく、1925年に廃止されたアラブ・オスマン言語の学習だ。トルコではこれまでアラビア語は中等、高等学校での選択外国語だった」

「エルドアン大統領は頻繁に“アラーの御心のため”という表現を使用し、民族的、根本主義的イスラム教を社交的なイメージでカムフラージュし、リベラル主義を根絶しようとしている。しかし、独裁者は長く生きていられない。彼は身近な人間、側近から暗殺される危険性がある。同大統領の与党『公正発展党』(AKP)の中でもエルドアン大統領の政治姿勢に不安を覚える者が出てきている」

「国民は不安となり、国民経済、特に観光業は壊滅的なダメージを受けている。大量解雇や拘束の結果、必要な専門家が不足し、経済活動は停滞している。多くの国民は経済の成長路線ゆえにエルドアン大統領を支持してきたが、その経済が悪化してきたのだ。また、政敵、ギュレン派は国内外に多くいる。クルド系住民も時が来れば立ち上がるだろう。彼らは復讐するはずだ。すなわち、エルドアン大統領は今日、非常に危険な状況下にいる。大統領はポピュリスト的な言動で世界のイスラム教徒を非イスラム教徒との対立に挑発している。同大統領は反米、反ユダヤ人、反欧州を標榜している。果たして、エルドアン大統領は分裂したトルコ社会を統合できるだろうか。答えは否だ」

なお、欧州連合(EU)非公式首脳会談は今月16日、スロバキアの首都ブラチスラヴァで開催されるが、EUがエルドアン大統領の強権路線を批判することは明らかだ。それに対し、トルコ側は昨年10月、EUとの難民政策の合意内容を破棄することで対抗すれば、EUとトルコ間の関係は急速に険悪化するだろう。その結果、難民の欧州殺到、イスラム過激派テロの多発となって跳ね返ってくることは必至だ。

【アミール・アルベアティ氏の略歴】1942年、イラクのバグダッド生まれ。国際ジャーナリストとしてアラブ諸国のメディアで活躍。中東テロ問題の専門家。イスラム過激テロ組織『イスラム国』(IS)から脅迫を受け、死刑リストに載せられている。昨年、新著「Auf der Todesliste des IS」を出版。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。