日本では待機児童の問題が深刻ですが、フランスもまた同様の問題を抱えています。共働き率が高いフランスでは、産休が明けると保育所に子供を預けるというのが一般的。近年では出生率が上がったこともあり、すぐに保育所が見つかるということは難しくなってきています。公立・私立の保育所以外に、一時預かり所やベビーシッターなどの選択肢もありますが、私は息子を「親保育所」に預けています。「親保育所」?聞いたことがありますか?
待機児童問題解決のために保育士と親自身が「親保育所」を創設!
話は1968年にさかのぼります。この年の5月、フランスでは五月革命という社会運動が起こりました。発端は学生による大学制度への反抗運動でしたが、それは自由や自治を求める運動として世界に飛び火し、日本にも大きな影響を与えました。そのような風潮と、当時からあった保育所不足という事情にあって、現状を打破しようとして立ち上がった保育士と親たちが創設したのが「親保育所」のはじまりです。
現在、フランスにおける通常の保育所の定員総数(0歳~3歳)は約40万人であるのに対して、親保育所の定員総数は約2500人(0歳~4歳、場合によっては6歳までが認められています。ただし一般的には新学期時に3歳の場合は幼稚園に行かせる家庭が多い)と、数は決して多くはありません(ちなみに、2012年のフランスでの出生数は約82万人です)。各親保育所の定員は20数名で、子供5名あたり最低1名の保育士が必要であるため、たとえば6名、7名、7名の年齢別3クラスがある場合、それぞれ2名ずつの保育士が必要ということになります。保育士は交代で平日に休みをとるため、その代りに親が保育を手伝います(また外出の際にはさらに大人の付き添いを必要とします)。
「親保育所」の運営は、すべての家庭で分担
「親保育所」は非営利団体・アソシエーションとして位置づけられていますが、認可保育所のひとつで、市から援助を受けています。その運営はすべて、代表、副代表、秘書、財務といったポストから、人事、衛生、栄養、物品の管理など、すべての家庭がそれぞれ担当し、保育士はこのアソシエーションに雇用されるという形態をとっています。
公立保育所ではNGなことが「親保育所」では実現できる
親保育所内では、すべてのことがらを親たちが話し合いによって決定します。保育所への入所も、保育方針と親の参加についての理解が重要なポイントのひとつですが、入所希望者は公立の保育所に入れなかったからという消極的理由ではなく、親保育所に子供を預けたいという積極的理由をもっている人も多いです。それは、公立の保育所ではできないこと、難しいことが、親保育所では可能だからです。
たとえば
- お芝居、美術館や博物館などの子供向けの催し、体育館や図書館へのお出かけが多い(単なる預かり保育ではなく、親たちがさまざまな催しを提案します)・子供が口にするものの安全性への配慮、親たちが考えた食事(買い出しもすべて自分たちでやり、その安全性についても栄養士を呼んで意見を聞いたり、各家庭の価値観を考慮したりしている)
- 週数時間の保育当番(何が行われているかを自分の目で見ることができると同時に、自身も保育に参加する)
また、保育方針にも大きな違いがあります。
- 強制や禁止、罰のない保育の実践。(〇〇をしなさい、××をやってはダメ、△△をしたので部屋の隅に立ってなさい、といった発想の否定)。
- そのための環境づくり。(例えば、子供が誰かを引っ掻くようなことがある場合、爪を切るなどして引っ掻くことがないようにする。
- しかるのではなく、しっかりと説明することが大事。
- 子供に対して身体的強制や暴力を加えない(まだ立ち上がれない子供を支えたり、理由なく抱っこして別の場所へ移動させたりすることもしない)。
- 自由に好きなことをさせる(みんなで一緒にする遊びや読み聞かせ、歌を歌うといったことも、やりたい子だけがやる)。
こうしたことは理念上は確かに素晴らしく見えますが、現実には実践的問題もあり、自由に好きなことをさせるいっても、とても難しいことです。わがまま、無秩序・無規律、やりたい放題…といった状態にもなりかねませんから。
理想の保育を目指して毎月に1回、親と保育士が意見交換
公立の保育所も5月革命の頃とは同じではありませんが、親保育所での自由と自主性の尊重、権威の否定、保育方針や運営に関する自治性、といった点は、親保育所の特徴といえます。
運営に関する事務については親の役割が大きく、清掃はプロが、食事の準備は料理のプロが、というようにフランスでは仕事内容が細分化されていることもあり、保育士の仕事は保育関係に限定されます。また保育士は保育のプロとして指導的な立場でもあります。
月に一度、親と保育士の間で保育・教育に関して話し合いをする機会をもつことが定められていて、例えば平日の夜に数時間、上記の保育方針などをめぐって、保育士は自らの経験、研修や講演などからテーマ(自立、食事、仲裁など)を立て、参考書籍や海外での保育実践のDVDなどを引き合いにだしながら、場合によっては心理カウンセラーを招いたりして、保育士の立場と親の立場の双方から意見交換を行ないます。
こうして保育士と親が考え方を共有するということも、保育にとっては大事なことですよね。
文:LIBELLULE
フランス在住9年目。パリ第12大学大学院修了、現在は日本語教師、翻訳、ライターなどの仕事をしながら、3児の父親として育児にも忙しい日々をおくっています。
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編集部より:この記事は認定NPO法人フローレンス運営のオウンドメディア「スゴいい保育」より、2016年6月10日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「スゴいい保育」をご覧ください。