小池新都知事の待機児童対策についての解説

駒崎 弘樹

東京都の子育て政策を決める有識者会議、東京都子供・子育て会議元委員の駒崎です。

99日に小池知事は待機児童対策について記者会見にて発表をし、その後、官邸にて行われた国家戦略特区諮問会議において、政府要望を提出しました。

これらの小池新知事の待機児童対策について、保育士であり現場の事業者、政府有識者会議委員、そして二児の父という立場から、分かりやすく解説したいと思います。

以下、主な施策を順を追って解説したいと思います。

開園時の開園工事費用(整備費)の上乗せ補助

保育園をつくる時、あるいは既存の建物をリフォームして保育園にする時には、当然お金がかかります。

これを整備費と言い、国から補助金が出ていました。ですが現在、特に東京ではオリンピック需要もあり、資材費や職人人権費が高騰し、もともとの補助金では足が出てしまう状況になっていました。

開園時のコストが高くなれば、初期費用の回収が難しくなり、開園に足踏みすることになります。

そこで、東京都が上乗せをして、開園時の負担を下げようよ、という施策です。時勢に合わせた、妥当な政策と言えます。

賃貸物件を借りている保育所の家賃補助

東京で物件を借りて保育所をしようと思っても、国の補助金(公定価格)の中の賃借料加算では足りません。例えば100平米くらいの商業物件を借りて小規模保育をしようと思っても、国の賃借料加算は25万円程度しか出ませんが、実際は23区で保育に適する耐震性を持つ1階物件だと、35万円~45万円くらいです。がっつり足が出て、経営は苦しくなります。

なぜ国は十分に払ってくれないかと言うと、東京23区の水準に合わせると、他の地域では過剰になってしまうからです。また、国としては「東京都はお金持っているんだから、補助上乗せしてよ」という気持ちもあるわけです。

しかし、これまでは東京都は特に上乗せもしてこなかったので、物件を借りて保育園をする事業者は大変でしたが、それがある程度改善されるわけです。

家賃負担が軽減されると、その分収益性は向上するので、開園数を増やす効果があるでしょう。

これまで採用5年縛りだった保育士寮の補助を全保育士に

保育園を増やしていくのに最大のブレーキになっているのが、保育士不足です。その要因は保育士の低い給与だということは、再三再四指摘してきました。

「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由

http://www.komazaki.net/activity/2016/02/004774.html

自民党が40年前に教師不足を解決した、ある方法

http://www.komazaki.net/activity/2016/03/004782.html

平均月給だいたい21万円前後の保育士にとって、都内で1人暮らしする時の家賃6~8万円程度というのは、かなり重いものになります。彼女たちに社員寮を提供し、安く住まわせてあげられれば、実質所得は上がるわけなので、給与増と同じ効果になります。

昨今の保育士不足を踏まえ、この社員寮の費用補助というものが数年前からつくられたのですが、対象が採用5年目以内の保育士たちでした。「保育園増やすために、新しく保育士が必要だよね?じゃあその新しく雇った保育士への寮費用は補助するね」という具合です。

事業者にとってはありがたい反面、困ったことになりました。新しく保育士を雇う際には助かりますが、しかし元からいた保育士たちにとっては「なんで私たちは今まで頑張ってきたのに、昨日今日入ってきた人たちだけ、安く住めるのよ」ということになるわけです。

新たなトラブルを回避するため、事業者は寮の導入を諦めるか、5年以上勤めている保育士たちにも、新人たちと同様に寮を安く提供しますが、こちらは自腹です。なので、自腹を切れるくらいの額しか、安くできません。寮費に差が出てはいけないので、新人もベテランに揃えます。そうすると、大幅に安くすることはできず、大きな効果はでていませんでした。

今回知事は対象を「すべての保育士」としたことで、この問題はクリアされるので、グッジョブです。独身単身保育士たちの実質所得は向上するでしょう。一方で、実家に住んでいたり、配偶者と子どもたちと住んでいる保育士たちは寮には入れないので、恩恵は得られません。また、予算の都合上、自治体ごとに「1園あたり◎人まで」というような制限も出てくるので、本当にすべての保育従事者にはならないでしょう。

都有地活用のための横断組織と外部窓口創設

杉並区の公園保育園反対運動に見られるように、都内で保育園に適する土地や物件を見つけるのは相当難しい状態です。よって都有地を有効に活用できれば、保育園を広げていくのにおおいに有効です。

しかしこれまで都有地がどれだけあるのか、その中で保育園に使えるものがどれだけあるのか、はブラックボックスの中でした。当然、僕たち事業者が「品川区に都有地ありませんか?こういう保育園をつくりたいのです」と都庁に言っても「誰きみ?知らんがな」の一言で終了でした。

そこで、都有地活用のための横断組織をつくり、「とうきょう保育ほうれんそう」という窓口を設けて、事業者からの物件照会や提案も受け付けよう、という施策をすることにしました。

物件検索に苦労する事業者にとっては、かなり良い話です。

認証保育所等、認可外保育所との保育料の差額を埋めるバウチャー

認可保育所(や小規模認可保育所等)には国からの補助が出ていますが、認可を受けていない、いわゆる認可外保育所には補助金は投入されていません。よって、保育料を高くしないと成り立ちません。

同じ都民で、たまたま認可に入れた人と、入れなくて認可外の人とで、なんで負担が変わるの?という公平性の問題が生じていました。ですので、23区のうち6つの自治体はその差を穴埋めしていましたが、大半の自治体では補助はありませんでした。

(ちなみに細かい話ですが、認可外保育所の中でも、認証保育所のような都が独自に補助している保育所には、23区すべての自治体が差額分を補助しています。)

参考)認可外保育施設 保護者間に負担格差 割高な保育料 自治体独自施設は補助あり
http://mainichi.jp/articles/20160612/ddm/016/100/005000c

また、待機児童解消の観点から言うと、保育料の差がなくなれば、認可外保育所も認可と勝負しやすくなります。そうすると参入が増えるインセンティブとなるわけです。

認可保育所にこだわらないキャパシティ増加策といえるでしょう。(とはいえ保育料が揃っても補助額が相当の差なので、メインのキャパシティはやはり認可や小規模認可等が担っていくことになっていきます。)

認可外保育所への巡回チーム設立

認可保育所と認可外保育所の死亡事故数の差は約2倍で、児童10万人あたりに換算すると27にもなります。(http://bit.ly/2cmcw7q

認可外保育所は補助金の投入がされていないがゆえに、熟練有資格者や十分な数の保育士を配置できないことが、事故率を上げる主要因と考えられています。

そこで、認可外保育所を巡回し、人員配置をきちんとしているか、危険な運営をしていないかを巡回してチェックするチームをつくっていこう、というものです。待機児童解消には直接寄与しませんが、保育の質の向上にとっては、大切な施策です。

知事を筆頭に全管理職がイクボス宣言

イクボスとは、「職場で共に働く部下・スタッフのワークライフバランスを考え、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司」で、僕が座長を務める「厚労省イクメンプロジェクト」でも、毎年全国の企業からイクボスアワードを選び表彰しています。

これまでに全国で21県と20政令市、約30の市区長村の首長ならびに管理職がイクボス宣言済みですが、広島県や三重県などでは「男性育休の増加」 「有給休暇取得」「残業時間の削減」「労働生産性の向上」等において成果が出始めています。

そんなイクボス宣言を、小池都知事自ら行い、都庁の管理職もやっていこう、というもの。これは働き方改革の文脈でも非常に大きな一歩であり、都庁の働き方が変わると、関連する大企業・中小企業の働き方も変わっていく可能性がでます。

小池知事のイクボス宣言にならって、安倍総理にもイクボス宣言してもらいたいところです。

以上が補正予算での政策ですが、次に小池知事が国家戦略特区諮問会議に持ち込んだ、政府への要望を見てみましょう。

育休を原則1歳までから2歳までに延長

1歳で入れないと困るから、あらかじめ0歳で入れる現象が広がっていて、コストのかかる0歳児保育の枠を使ってしまっている状況があります。無理矢理0歳で入れることを防ぐため、2歳まで取れるようにしようよ、という趣旨かと思われます。

賛成する人も多いと思いますが、僕は「待機児童になってしまった場合のみ」等、かなり限定的に運用する必要があると思います。

というのも、誰でも育休を2年間取れるようになると、その分、雇用主の負担が重くなります。1年後は予測できるが、2年ごとなると、所属部署があるか、現在の事業が継続しているか等も不透明だ、と。とすると「妊娠可能性のある女性を雇うとリスクである」という認識になり、雇い控えが発生する可能性もあるでしょう。丁寧な制度設計が望まれます。

これまで2歳までだった小規模認可保育所の全年齢化

認可保育所が十分に増えていかない一方で、定員数6人~19人の小規模認可保育所は、昨年対比40%成長の2429園に激増しています。待機児童問題解消の鍵は、小規模保育の潜在能力をフルに活用することです。

しかし、そこでハードルになっているのが、年齢規制です。小規模認可保育所は、0~2歳しかお預かりできないことになっています。(ただし3歳以降行き場がない場合は、「特例給付」制度を使って、いつづけることはできます)

3歳以降は、幼稚園や認可保育所が受け皿になってくれるから、ということで、待機児童が集中している0~2歳中心で良いんじゃないか、というのが制度設計当初の厚労省の考えでした。

しかし、制度を開始してみると、幼稚園は子ども子育て新制度に30%しか参入せず、近隣保育所も「うちも3歳以降で待機児童出ちゃっているので、卒園児は受け入れられません」と受け皿にならなかったのです。厚労省は想定を、読み間違えてしまったわけです。

小規模認可保育所に預ける多くの親たちが、「小学校に入るまで、この園にいたいのに」と言ってくれています。「3歳でまた保活なんて・・・」という相談もあります。「3歳の壁があるから、小規模保育はつくらせない」と言っているひどい自治体もあるくらいです。大きな問題になっています。

よって、年齢規制を取っ払い、小規模認可保育所においても0~5歳の預かりを可能にさせるべきなのですが、厚労省は「ダメだったら、あとあと制度を修正していきましょう」と当初は言いながらも、一度つくってしまった制度で、かつ担当者が代わるうちに、当初の柔軟性は失われていき、そのままになっていました。

そこで僕が代表を務める全国小規模保育協議会が、国家戦略特区において「小規模保育の全年齢化」を提案しました。内閣府は前向きに検討してくれ、さらに東京都も今回、同様の提案を官邸にしてくれたことによって、大きく一歩を踏み出しました。

実現すれば、小規模保育における3歳の壁は突破され、大規模認可保育所がつくりづらい東京都において、より多くの小規模認可保育所がつくられていき、待機児童解消に貢献していけるようになるでしょう。今回の政策の中で、中長期的インパクトが最も大きい打ち手だと思います。

今後の課題

こうして小池都知事の待機児童政策を見てみると、かなり手堅い政策が並んだように思います。少なくとも舛添都政時代からすると、3歩くらい進んだ感はあります。

しかし、来年の4月に待機児童が減るか、というとそうは甘くありません。認可保育所をつくるのには1年半、小規模認可保育所でも7ヶ月~9ヶ月かかるので、待機児童カウント日である4月1日には、これらの施策の効果が現れきらない可能性が大きいです。

また、今回はワンショットの側面が強い補正予算だったので、恒常的に発生する、肝心要の保育士給与の増額を予算化することはできなかったようです。これを、来年度の本予算に組み込めるかどうか、が都の待機児童解消の分かれ目になることは間違いありません。

すぐには効果は出ないでしょうが、スタートで見せた手堅い施策を打ち続けることで、じわじわと効果が出てくると思うので、小池知事には粘り腰で待機児童対策にあたって頂くことを、強く期待していきたいと思います。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2016年9月11日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。