公平で完全な選挙実施を目指して?

大統領選挙の実施がこれほど難しいことだったか、と思わず溜息が出てしまった。オーストリアで来月2日、大統領選のやり直しの投票が実施されることになっていた。それが「郵送投票カードを入れる封筒に問題が見つかり、公平で完全な選挙の実施が難しくなった」という理由で、大統領選やり直し投票が延期されることになった。同国のソボトカ内相が12日午前、記者会見で明らかにした。なお、やり直し投票の新たな日程は12月4日の予定だ。

▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

読者の混乱を避けるために、オーストリア大統領選のこれまでの経緯を簡単にまとめる。
4月24日に6人の候補者による大統領選挙が実施され、上位2位の候補者が5月22日の決選投票を争い、得票率では僅差だったが、「緑の党」元党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏が当選し、7月8日に就任式に臨むことになっていた。
そこまでは問題なかったが、その直後、「投票集計で形式的ミス」が発見され、憲法裁判所が7月1日、「決選投票のやり直し」を要請した。そこで10月2日にやり直し選挙が行われることになっていたわけだ。

憲法裁判所が指摘した「形式的ミス」の意味をもう一度復習する。
「投票の集計は選挙委員会代表と監視員の立会いのもとで行われなければならない。実際は関係者不在で集計が行われた選挙区があった。投票締め切りは当日午後5時だ。集計はその後始めることになっている。実際は5時前に始まっていた。同国国営放送や2、3の民間放送が投票締め切り直後、投票の暫定結果を流すのは、投票の集計が投票締め切り前に行われているからだ。選挙区の一部で投票締切前に集計された投票結果がメディア関係者やネット関係者に流れ、それが報じられたため、投票を終えていない有権者に影響を与える可能性が出てくる。郵送投票の場合、投票日の翌日午前9時から集計を開始するように規定されているが、かなりの選挙区では投票日に開封され、集計されていた」

そして大統領選の第3ラウンドがスタートした。野党「緑の党」元党首バン・デ・ベレン氏(72)と極右派政党「自由党」副党首で国民議会第3議長のノルベルト・ホーファー氏(45)はやり直し選挙戦を再開したばかりだった。当方も8月28日に「極右派政党から初の大統領誕生か」というコラムを書いたばかりだ。その直後、今度は郵送投票カードを入れる封筒が郵送中に糊が剥がれるという問題が見つかり、「投票が不正に行われる可能性」が出てきたというわけだ。

郵送投票カードを製造した印刷会社の落ち度かどうかはまだ不明だが、封筒を閉じる接着剤が封筒のサイドと下で品質の異なるものが使用されていたという。不祥事の再発を防止するため、次回からは国家印刷局が郵送投票カードとその封筒を製造するという。

厄介な問題は選挙登録だ。今回の大統領選では選挙登録は今年2月段階で締め切られている。それ以降に16歳となった国民は今回は選挙権がないことになる(同国では16歳から選挙権がある)。だから、3月以後に生まれた16歳の国民に選挙権を付与するためには選挙関連法の改正が不可欠となる。また、オーストリアでは日に平均217人が死亡している。すなわち、投票日が遅れれば有権者の数は減少するわけだ。

大統領選のやり直しが決定した時、「わが国のイメージ悪化に通じる」「世界に恥をさらす」といった声が聞かれたが、今度は郵送投票カードの封筒が問題でやり直し選挙日程の延期が決定したことが伝わると、「わが国は文字通り、大統領選すら公平に実施できない未開発国として笑いものになってしまう」といった自嘲気味の声が飛び出している。

ホーファー氏は、「郵送投票の場合、不正投票の危険性が排除できない。郵送投票制度の廃止を考えてもいいのではないか」と主張すると、バン・デ・ベレン氏は、「海外に住む国民にとって郵送投票しか自身の声を反映させる方法がない。それを理解すべきだ」と、郵送投票廃止論に反論している。

当方は郵送投票制の廃止ではなく、大統領制の廃止をこのコラム欄で主張した(「大統領職廃止の絶好のチャンス!」2016年7月10日参考)。オーストリアでは現在、大統領ポストは空席だ。この期間、国民議会の3人の議長が大統領職を代行している。これまで問題は生じていない。

なお、オーストリア出身のヨハネス・ハーン欧州連合(EU)委員(隣政策・拡大交渉担当)は11日、TV討論番組の中で、「やり直しの日程延期を恥じることはない。公平で完全な選挙を目指し、それを実施するため努力するわが国の姿は他国にもいい影響を与えるはずだ」と述べていた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年9月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。