保育のニュースがもっと身近に。今さら聞けない、保育制度にまつわる素朴なQ&Aを、わかりやすく解説します。今回は、最近テレビで取り上げられて話題になった「インクルーシブ保育」について調べてみました。
「インクルーシブ」ってどういう意味?
「インクルーシブ保育」-なんだか、見慣れないカタカナが頭につくだけで、難しそうだと身構えてしまいそうな言葉です。ちょっと、「インクルーシブ」を英和辞典で引いてみましょう。
・Inclusive すべてを含んだ、包括した、…を含めて、入れて
(weblio辞書 http://ejje.weblio.jp/content/inclusive)
「すべてを含んだ」。わかりやすいような、それでいてぼんやりとした言葉ですね。「すべて」とは何がすべてなのか? 朝から晩まで? 北から南まで? それを理解するために、この言葉が登場した背景をまずは紐解いてみましょう。
「インクルーシブ」「インクルージョン」という概念は主に社会・福祉分野、教育分野、また最近ではビジネス分野でも使われています。
この概念の前には、「ダイバーシティ(多様性)」、および「バリアフリー」という考え方があります。福祉分野でいうと、「ダイバーシティ」は、障害のある人もない人も、それを個性として受け止め、色々な人が存在することを受け入れようとする、人々の差異や違いを意識した言葉です。そしてその考えに基づき、ソフト面(人々の意識)・ハード面(設備)の障害を取り払い、障害のある人もできるだけ不便なく暮らせる世の中にしようというのが「バリアフリー」です。
しかしこれらの言葉は、障害のある人とない人とを分けてとらえる考え方が前提にあります。最近では、健常と障害との境は簡単に区切れるものでなく、障害が連続性を持っていることが明らかになってきており、そこでこれらの言葉に対し、どんなバックグラウンド、障害を持つ人でも区別なく、包み込むような社会にしようという「インクルージョン」という考え方が提唱されました。福祉・教育分野では、「障害があっても地域で地域の資源を利用し、市民が包み込んだ共生社会を目指す」という理念としてとらえられています。
教育分野での「インクルージョン」
日本が平成26年に批准した国際条約、障害者の権利に関する条約では、次のようにこの考えが提唱されています。
締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度(inclusive education system at all levels)及び生涯学習を確保する。(教育部分 第24条)
過去の日本では「障害児は養護学校へ」という考え方が主流でしたが、その固定観念にとらわれず、障害のある子どもと障害のない子どもとが同じ教室で同じ授業を受けることへの関心が高まりつつあります。文部科学省では、「インクルーシブ教育システム構築事業」と銘打ち、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指す取り組みを行っています。この取り組みでは、子どもたち一人ひとりが、授業内容が分かり、学習活動に参加している実感や達成感を持ちながら、充実した時間を過ごしつつ、生きる力を身に付けていけるかどうか。これが最も大切で、そのための多様で柔軟な仕組みの整備が必要と考えられています。
実際に数値で見ても、「通級による指導」(※)を受けている児童数は、増加の一途を辿っています。
※「通級による指導」 小・中学校において、障害のある子が、週に数度、障害に応じた特別の指導を受ける他は、ほとんどの授業を通常の学級で受けること
これら教育現場における「インクルージョン」を、小学校に上がる前の未就学児、すなわち保育の現場に移したものが、「インクルーシブ保育」といえます。
「インクルーシブ保育」を一言で表すなら、「障害の有無にかかわらず、どのような背景を持つ子どもであっても、わけへだてなく一緒に保育すること」。障害のある子もない子もみんな一緒に、包み込むように保育するということですね。
「インクルーシブ保育」のメリットって?
それでは、「インクルーシブ保育」の実践によって、どのようないいことがあるのでしょうか。障害のある子ども・障害のない子どもそれぞれに、下記のような効果が考えられます。
◎障害のある子どもにとってのメリット
子どもは周りをよく見ています。その吸収力は大人の比ではありません。それは、障害のある子どもたちも同じ。障害のない子どもに混じって日常生活を送ることで、たくさんの刺激を受け、自分にはできないことや難しいことも、周りの友達がやっているのを見て、「僕もやってみよう」とチャレンジする。その結果、大人達が想像もしなかったような発達を遂げる可能性を大いに秘めているのです。
◎障害のない子どもにとってのメリット
もしかしたら、この記事を読んでいるあなたを含め、現在の大人たちの多くは、障害のある子どもと深く関わる経験がなかったかもしれません。しかし、子どもの頃に障害のある友達が身近にいたならば、社会には色々な人がいて、そのバックグラウンドに関わらず手を取り仲良くなれるということを、身をもって学ぶことができます。
「インクルーシブ保育」が広がらない理由
しかしながらインクルーシブ保育は、次のような課題のために、まだまだ限られた一部の保育園で実践されているに留まっています。
◎そもそも障害児(特に医療的ケアを必要とする児)を預かる保育園が少ない
現在の日本には、特に医療的ケアが必要な障害児は、対応できる医療設備や看護師などがいないことを理由に、受け入れ可能な保育園がほとんどありません。先日成立した「改正障害者総合支援法」において、初めて「医療的ケア児」が法律の中に位置づけられましたが、制度面での整備はまだまだこれからです。また、万一の際の責任問題や、キャパシティの不足などから、新たに障害児を受け入れることについて、消極的な保育園も多いのが現状です。これは、インクルーシブ保育以前の問題といえるでしょう。
◎保育に携わる大人たちの問題
教育分野でも同じことが言えますが、障害のない子どもに対する保育しか経験したことのないスタッフは、障害についての知識や対応のノウハウがありません。またスタッフだけでなく、保護者による偏見や差別が、インクルーシブ保育の導入を阻むことも充分に考えられます。
障害のある子どもを預かってくれる保育園さえ少ない現在においては、インクルーシブ保育は教育分野ほどに主流な考え方にはまだなってきていないのが現状です。制度の改正や設備の充実にとどまらず、もっと大きな視点から私たち大人の認識自体を変えていく必要があるといえるでしょう。
「インクルーシブ保育」の実践例
最後に、インクルーシブ保育を実践されている保育園をいくつか紹介します。
- 聖愛園(大阪市東淀川区)
(社会福祉法人路交館 http://www.rokoukan.or.jp/seiaien/gaiyou.html)
なんと40年前からインクルーシブ保育を実践されてきた歴史ある保育園で、障害の有無だけでなく、年齢や能力もバラバラの子どもたちにグループで1つの課題に取り組ませ、自分の意見と相手を尊重する力を育成する保育を実施しています。園長の野島先生は、2016年6月20日放送 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられました。
(プロフェッショナル 仕事の流儀 第298回http://www.nhk.or.jp/professional/2016/0620/index.html)
- カンガルー統合保育園(横浜市鶴見区)
(NPO法人カンガルー統合保育園 http://www.kangaroo-hoikuen.or.jp/index.html)
障害のある子どももない子どももお互いの存在を認め合い、共に育ちあうことを目標に掲げた統合保育を実践されています。ホームページでは保護者の声も紹介されていますが、統合保育に対する不安の一方で、子どもたちにとっては障害の有無は些細な問題で、「区別」という概念がなく、障害のある友達に対しても助けあって仲良く過ごしている様子が伝わってきます。
こうした取り組みは、今はまだ数が少ないのが現状です。しかし、やがてどの地域、どの施設においても、障害の有無にかかわらず、いろんな子どもたちを受け入れることが可能になり、そして私たちを取り巻く社会全体が、あらゆる人々の笑顔を包み込むような環境になっていくことを願います。
もっと知りたい方は、ぜひこちらの書籍もどうぞ。
「ソーシャルインクルージョンのための障害児保育」(ミネルヴァ書房)
著者プロフィール
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- ほいQチーム
- 保育のニュースがもっと身近に。今さら聞けない、保育制度にまつわる素朴なQ&Aを、わかりやすく解説します。
編集部より:この記事は認定NPO法人フローレンス運営のオウンドメディア「スゴいい保育」より、2016年8月10日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「スゴいい保育」をご覧ください。