今年4月、日本で熊本地震が発生し、その2日後にエクアドルで大地震が発生し、両地震で多数の犠牲者が出た直後、韓国日刊紙中央日報は、「韓半島(朝鮮半島)ではマグニチュード(M)6.5以上の大型地震が起きる可能性はありません。地震が起きるような環境にはない」と説明する韓国地質資源研究院のチ・ホンチョル地震研究センター長のコメントを紹介していた。同研究センターは政府庁舎で開かれたブリーフィングで韓半島の大地震発生の可能性を2つの根拠をもとに低く評価したというのだ。
第1の理由は、「韓半島には大地震が起きるほどの応力(土地に作用する力)が蓄積されない。韓半島西側には巨大断層『タンルー断層』があり、応力の一部だけが韓半島に伝わる防波堤の役割を果たしている」という。
第2の理由は、「韓半島に応力が蓄積してもこれを放出するような長い断層があるべきだが、(韓半島には)このような地形がない」と明らかにした。地震が頻繁な日本の場合、国土全域にわたって断層が長く連なっている場合が多いという(中央日報日本語電子版から)。
その5カ月後の9月12日夜、 韓国南東部の慶州の南南西約8~9キロの地点付近を震源とするM5・1から5・8の地震が発生したこはまだ記憶に新しい。韓国気象庁によると、 慶州をはじめ、釜山、蔚山、大邱など韓国の南東部を中心に広範囲で揺れを観測したという。地震大国の日本にとって、M5・8程度の地震は珍しくないし、それで国民の間にパニックが生じることはないが、強い地震は起きないと信じてきた韓国国民にとってはショックだった。揺れないと信じてきた土地、建物が揺れたからだ。
「地震トラウマ」という表現が韓国メディアで報じらていると聞いた時、上記の韓国地質資源研究院のチ・ホンチョル地震研究センター長のコメントを思い出したのだ。
当方は地震研究センター長を批判したり、冷笑するつもりはさらさらない。大げさな表現だが、思考の想定範囲について考えたのだ。地震や災害だけの問題ではない。もちろん、韓国人だけではない。われわれの思考の想定範囲を少し拡大すれば、パニックは生じないだろうし、怒りや絶望感を少しは緩和できるのではないかと考えたのだ。
思い出してほしい。東日本大震災で津波が生じ、福島第1原発事故が起きた時だ。原発関係者は震度9以上の地震と津波を想定していなかったとして、「想定外」という表現がメディアで頻繁に囁かれた。
換言すれば、地震国・日本にとって韓国の地震M5・8は想定内だ。だから、国民はパニックになったり、トラウマに陥るという現象は少ないだろう。「想定内」だから、それ相当の準備、危機管理が出来ているからだ。
問題は地震だけではない。災害でもそうだ。 韓国で2014年4月16日、仁川から済州島に向かっていた旅客船「セウォル号」の沈没で約300人が犠牲となるという大事故が起きた時、救援活動よりも船舶会社批判、ひいては政府批判でもちきりとなった。なぜならば、多くの韓国国民にとって事故は「完全に想定外」の出来事だったからだ。
ギリシャの哲学者アナカルシスは、「賢者は原因を検討し、愚者は原因を決めつける」という言葉がある。賢明な人は、不祥事が生じた時、なぜ生じたか、その原因をとことん考えるが、愚かな人は不祥事が再発しないように原因を考える前に、早急に原因を決めつけてしまう、というのだ。それは結局は思考の想定範囲の問題だ。想定範囲が大きければ、事故の原因を考え出すが、想定範囲が狭ければ、「想定外」だから怒りが沸き、責任追及が始まるわけだ。
韓国は原子力エネルギーの利用を積極的に促進している。同国の全原発を管理する公営企業「韓国水力原子力」によると、今回の地震で「月城原発6基のうち運転歴が長い1~4号機を手動で停止させた。地震の影響はないし、安全性に問題はない」と説明しているが、韓国の原発が地震の発生で稼働を停止したのは今回が初めてという(中央日報日本語電子版9月28日)。
日本は福島第1原発事故を教訓として、原発の安全性強化に乗り出した。世界の原子力エネルギーの安全性の強化のために国際原子力機関(IAEA)は「原子力安全に関する行動計画」を作成したばかりだ。地震や災害に対するわれわれの思考の想定範囲の拡大処置ともいえる。
韓国国民も今回のM5・8の地震体験を教訓として、その思考の想定範囲を広げる努力をすべきだろう。想定範囲が広がれば、他者の過ちに対し寛容さを持って対応できるだろうし、本当の危機管理が生まれてくるのではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。