ケンズカフェ東京の氏家健治シェフ(写真は氏家より提供)
「モノが売れない時代」。そのような表現を耳にするようになったのは、いつ頃からでしょうか。「将来の不安があるから給料は貯金したい」「働いても給料は上がる保証がないし老後を考えれば仕方がない」。実際、そのように考える人は少なくありません。
■「モノが売れない時代」ってどんな時代
「モノが売れない時代」になると、各社は低価格路線を模索し始めます。そして過当競争に陥るようになります。過当競争に陥り低価格に推移していくと企業力を低下させます。過去に牛丼チェーン各社が赤字に陥ってしまったケースはその好例でしょう。スーパーやGMSの苦戦も低価格路線による弊害です。
「モノが売れない時代」には低価格でないとインパクトを与えられないと考えている経営者が多いのです。マーケティング部門がこのような思考に陥ると、悲劇を招くことになります。さらに低価格路線は商品やサービスの質を低下させてしまうので注意が必要です。
人々の購買意欲の低下によってモノが売れないのであれば仕方がありません。しかし購買意欲が低下したと言われながらも売れているものがあります。共通するのは、過当競争に陥らずに独自のブランドを確立している点にあります。今回は、ケンズカフェ東京(新宿御苑前)の氏家健治シェフ(以下、氏家)が監修したガトーショコラを紹介します。
フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、TBS「ランク王国」、日本テレビ「ヒルナンデス! 」「嵐にしやがれ」で紹介されたことがあるので、ご存知の方も多いことでしょう。
■一品に集中することで過当競争に陥らない
ケンズカフェ東京のガトーショコラは一種類のみ3000円(税込み)の一品しか取り扱っていません。別名「ガトーショコラの最高峰」とも称されています。ネーミングにも強いこだわりがあり、商品名は「特撰ガトーショコラ」と名づけられています。
「特撰」であれば、食べる前からワクワク感が漂わなくてはいけません。「これはきっと美味いにちがいない」と期待をさせるパッケージングでなければいけません。日本には昔から風呂敷や熨斗の文化があったようにパッケージングにこだわりがあります。高級ブランド品をイメージさせる重厚な箱にスイーツがはいっているなど夢想だにできません。
また、売れ筋に集中することは重要な戦略です。「特撰ガトーショコラ」には一品によるマーケティングを展開しているので価格交渉力が強いことにも特徴があります。さらには、販売予測が立てやすいので、廃棄リスクを極力軽減することもできます。
一般的なスイーツ店を思い出してください。ほとんどが多品種販売でカラフルな趣向を凝らした品揃えをしているはずです。このような場合、人気店でもかなりの廃棄リスクが発生します。スケールメリットも限定的なので価格交渉力にも限界が生じます。
■勝負のタイミングは経営者自身が決める
氏家は、「特撰ガトーショコラ」について次のように述べています。「普通に考えれば一本3000円のガトーショコラは高いと感じるでしょう。だからこそ話題になるとも考えました。『一本3000円のガトーショコラはどんな味がするのか』と、よりディープなチョコレート通の食指が動くとも考えました」。
ガトーショコラは、3000円に値上げする前は2000円で販売されていました。チョコレート通を唸らせるために、チョコレートの最高峰ともいわれるフランス・ヴェローナ社の「クーベルチュール・チョコレート」の「カライブ」に変更をしました。既に、この時期にはメディア等で取上げられるようになり全国から注文が集まるようになっていました。
多くの従業員が反対する中、2008年に3000円への値上げを決断します。しかし、氏家は70~80%は成功するだろうと確信をしていました。失敗したら廃業をするしかないような勝負は無謀ですが、失敗したら2000円に戻せばいいやという逃げ道をつくっていました。レストランもあるわけですから、またやり直せばいいと考えていたのです。
デフレ環境を生き抜きブランドを確立したマーケティングのヒントがここに隠されています。当時のことを氏家は次のように述べているので紹介します。
「心配は杞憂に終わりました。フジテレビ系列の人気番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』のコーナーで、藤井フミヤさんがガトーショコラを紹介してくれるという機会にも恵まれました。その後も、テレビや雑誌などのメディアに紹介されるようになり、売上げは安定するようになりました」。
さて、来年3月まで、新メニューが南青山レクサスカフェにて提供されています。この機会に楽しんでみては如何でしょうか。私なら、赤ワインの、メルロー・カベルネなどコクのあるタイプや熟成したブルゴーニュをセレクトしますが、皆さまのお好みは?
尾藤克之
コラムニスト
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