解かれた生命の神秘に背く人間社会の営み

 

ノーベル医学生理学賞に決まった大隅良典・東京工業大栄誉教授(Wikipediaより、編集部)

ノーベル賞が泣く社会の「自食」

ノーベル賞の発表が続く1週間は、人間とは何者なのだろうと、考え込む時間を与えてくれます。今年も日本人が生理学・医学賞を受賞し、日本人としての誇らしさを取り戻す日になりました。顕微鏡の中で科学が発見した延命の可能性対し、人間社会の現場では、人間の生命を奪い取ることが日常になっています。「おめでとう」一色でいいのでしょうか。

東工大の大隅良典・栄誉教授(71)が発見した生命の営みの神秘に感動します。1ミリメートルの1000分の1、顕微鏡でしか覗けない細胞の中で、自食作用(オートファジー)という仕組みにより、不要になったタンパク質が分解、再生していく姿を発見しました。超ミクロの世界で、生命を維持する不思議な現象が展開されているとは。

ガン、神経疾患など幅広く分野で、治療に応用できる道が開けるそうです。昨年の大村智さんの感染症の治療法の発見といい、12年の山中伸弥さんのiPS細胞の開発といい、特に生理・医学賞は効果が分かりやすく、人間の生存をこうした研究成果が支えてきたことに、感動を新たにする人は多いでしょう。

人が人を踏みにじる

解かれた生命の神秘が応用され、様々な病の治療、薬の開発により、健康の維持、寿命の延長、ひいては安楽な生活がもたらされたことは、いうまでもありません。ただ、待てよ、人間が人間を踏みにじる「自食作用(オートファジー)」も一方で、深刻になっているのではないかと。文字通りの「自食」です。

実例として、どこまでふさわしいかはともかく、横浜の「大口病院」における高齢患者の連続殺害事件には絶句します。点滴液に消毒液を混入し、病死を装ったらしいと聞くと、怒りとともに悲しさがこみあげてきます。この病院は、余命を期待できず、もう戻ることがない患者が数多く、運び込まれているとか。見放された終末期高齢者の扱いの問題が背後にあるのでしょう。

相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で男女19人が、侵入してきた男に襲われて殺害された事件も凄惨でした。犯人は施設の元職員で、何度か犯行を予告し、犯行後に警察に自首しました。施設の防犯態勢、警察の手ぬるい対応の問題より、弱者に対する確信犯的な殺傷ないし虐殺は想像を超えていました。

科学は進み、行き詰まる人間社会との落差

もっと大きく目を見開けば、フランスや米国におけるテロ、銃乱射事件はどうでしょうか。自然科学の成果で人間社会は安らかになっていくはずなのに、殺し合い、憎しみ合いです。科学はますます進み、人間社会は行き詰まっていく、つまりその落差は大きくなるのでしょうか。

医療科学の成果の受け皿となる社会保障制度は、財政赤字、財政危機によって多くの国で疲弊が進んでいます。科学の恵みを受けられるのは一部の階層にしぼられていくでしょう。日本の新聞、テレビの報道は日本人の受賞で「万歳、万歳」、「おめでとう、おめでとう」の一色で塗り固められました。メディアには、もう少し角度を変えた報道があっていいはずです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2016年10月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。