石井孝明 ジャーナリスト
米国農業探訪取材・第4回・全4回
第1回「社会に貢献する米国科学界-遺伝子組み換え作物を例に」
第3回「農業でIT活用、生産増やす米国農家」
(写真1)CHS社のエタノール製造工場(イリノイ州ロシェル)
アルコールの一種で、植物からつくられるバイオエタノールが米国で大量に使われている。8月に米国を取材すると、その販売促進に、農家、業界団体が熱心に取り組んでいた。そして新しい販売先として、日本に期待していた。
農業とエネルギーをつなげる新しい動きを紹介する。
期待の燃料、バイオエタノール
甘く芳醇な匂いが工場にあふれていた。イリノイ州ロシェルにあるトウモロコシ由来のエタノールをつくるCHS社の工場を訪ねた。ここは年1億2500万ガロン(4億7250万万リットル)と同州有数の製造能力を持つ。平日には毎日、穀倉地帯のイリノイ州各地から数10台の巨大なトラックがトウモロコシを運ぶ。
「つくり方は途中までバーボン(トウモロコシから作った蒸留酒)と同じです。匂いはそのためです」と、製造部長のマイケル・バン=ホーテンさんは説明した。トウモロコシを砕き、熱して蒸留し、エタノールをつくり、燃料として販売している。その生産に適したトウモロコシ「イエローコーン」も品種改良で作られている。残った絞りかすは飼料にする。
CHS社は農作物の集荷、販売を担い。農業組合や農家の出資によって1931年に創業された企業だが、エネルギー製造にも乗り出している。この工場は、6000件の農家が加盟するいくつかの農業組合の増資によって、10年前に建設された。米国のトウモロコシ生産の約3割は、ここ数年はエタノールの製造に使われる。バン=ホーテンさんは「シェールオイルなど、他のエネルギー源との競争は厳しくなっているが効率的な生産でまだ価格面では対抗できる。農家の期待に応えたい」と語った。
地球温暖化の抑制のために、また枯渇の可能性が少ないために、植物から作るバイオ燃料がこの20年、世界的に注目されてきた。米国では2008年の大統領選挙で、民主党のオバマ候補、共和党のマケイン候補が共に、エタノール製造への支援を訴えた。
オバマ氏は大統領になった後でこれを政策化した。2009年から12年まで連邦政府の補助金で、エタノールの製造を支援した。今は政府の援助は打ち切られたが、商業ベースで採算が取れる形になり、生産は続いている。
日本のエタノール製造は補助金に依存し、2400万リットル(2013年)となかなか伸びない。北海道のてんさい、沖縄のサトウキビ由来のエタノールが生産されている。これは2008年の農水・経産省の肝入りの「バイオマス日本総合戦略」の中で、計画された。しかし補助金が最近になって抑制され、事業の継続が難しくなっている。
一方で米国のトウモロコシ由来のバイオエタノールは世界の57%の505億リットル(同年)の生産量を誇る。。それは主にガソリンの代わりの自動車用燃料になっている。米国のガソリンスタンドではエタノール10%の混合燃料が、どこでも売られている。ただし生産量は横ばいで、その拡大のために、新たな販売先を開拓しようと試みている。
(写真2)85%のエタノールを含んだ混合燃料で走る自動車
(写真3)巨大な穀物サイロと、イリノイ州トウモロコシ生産者協会のソーントン氏。このようなサイロが各所にある
農業業界団体、学会が支援
トウモロコシ由来のエタノールとガソリンの価格は、原材料の原油とトウモロコシが公開市場で取引されているために、それに連動する。16年8月時点で比較すると、その時の原油価格1バレル(158.9リットル)=50ドル前後ならば、価格ベースでは1割、また税金の優遇があるのでガソリンスタンドの市場価格では2割程度、イリノイ州内ではガソリンよりもエタノールが安くなるという。同州のガソリン小売価格(税込み)は同月時点で1ガロン当たり2.4ドル( 1リットル当たり64円程度)だ。
バイオエタノールの使用拡大を促すのは農業団体だ。イリノイ州トウモロコシ生産者協会のフィル・ソーントン氏は85%混合のエタノールで動く乗用車でイリノイ中の農家を回り、意見を集めている。高い混合率向けの車のエンジン改造費用は300ドル(3万円)ほどと、それほど高額ではない。今は自動車エンジンの性能は向上して排気ガスやエンジンの匂いはそれほど感じないが、「エタノール車はさらに少ない」と自賛した。
そしてソーントン氏は期待を述べた。「中国の商社がトウモロコシを買い付けに来たが、彼らは突然、買わなくなる荒い商売をした。日本の皆さんはこちらの利益も配慮してくれる。米国の農家は日本との関係を大切にしている。そしてエタノールのことをもっと知ってほしい」。
バイオ燃料の二酸化炭素排出量は大きくない
米国の産業界は自らの活動について、学者などの第三者の検証によって正しいかどうかを確認していることが多い。これは適切な行為だ。このエタノールでも、農業団体は学界に研究を依頼していた。
イリノイ州立大学のエネルギー・資源センターで、同センター教授のステファン・ミューラー博士に話を聞いた。同氏は欧州などで採用されている基準を用いて、エタノールの使用による二酸化炭素の排出を試算した。トウモロコシの生産による二酸化炭素の吸収、土壌への定着、エタノールの製造・輸送のエネルギーの使用も試算では配慮した。
エタノールの製造では、使ったトウモロコシを家畜の飼料にする、製造で出る二酸化炭素をドライアイスや肥料の製造に使うなどして、二酸化炭素を減らす取り組みも行われている。
ミューラー教授の試算によれば、1メガジュールのエネルギー熱量を作り出すための原油(87.1グラム)を1とした場合に、同量のエネルギーを出すエタノールは60グラム必要だが、その二酸化炭素の排出量は59%少ないという。これはブラジルのサトウキビによって作られるエタノールの同排出量とほぼ同じだ。
さらにその製造でエネルギー効率を高める最新技術が米国の全プラントで完全に使われるようになれば、ほぼカーボンニュートラル、つまり二酸化炭素が製造と使用で出る排出と、その過程での使用で、差し引きゼロになることが達成できるという。
「バイオエタノールは二酸化炭素の面では、石油よりもすぐれたエネルギー源だ。気候変動対策のために、エネルギーポートフォリオの中に組み込んでいくべきだろう」と、教授は話した。
食糧不足とバイオ燃料の増産は関係ない
(図表1)食糧価格とバイオ燃料
また環境コンサルタントのジェラルド・オストハイマー博士の話も聞いた。地球温暖化を抑えるためには、今後何もしなければ自動車の増加によって増える二酸化炭素の抑制が必要である。そのために輸送分野では石油由来のガソリン、軽油の使用を抑制して、バイオ燃料の拡大が必要であると主張した。
「食べ物は食べるためにあるべきで、燃料として使うのにはおかしい」という意見が世界にはある。日本では特にそうした感覚が強い。また国連などの指摘によれば、世界人口約70億人のうち、8人に1人は飢えているとされる。
オストハイマー博士は穀物価格とバイオ燃料の関係に「誤解がある」と指摘した。世界の全穀物生産量の中で、エタノール生産に占める割合は3%前後にすぎない。そして食物価格の高騰と燃料に相関関係はない。穀物価格は2008年まで上昇したが、そこで天井をうち今ではどの作物も横ばい下落傾向にある。それは世界的なインフレ基調からデフレへの転換、そして食糧増産の効果によるものだという。(図表1)
また世界の飢餓を調べると、戦争や流通の不備などの各国の事情によって発生するもので、エタノール生産のためではないという。「穀物が適正な価格になれば、農家の所得は上がり、農業への投資も誘発される。穀物の途上国への無償配布を本当に人々は救っているのか、私は疑問だ。農家の経営を圧迫する」と、同博士はいう。
また伝統的な社会では、新しい技術にたいしては警戒心が起こりやすい。「正しい情報を広げ、自分も社会も利益を確保できるということを多くの人が認識できるようになれば、バイオ燃料をめぐる状況は変わっていくだろう」と話した。
新しい取引を開拓する米国農業界の力強さ
こうした取り組みは、米国の農家に歓迎されている。「生産の2−3割を売れるようになった」とイリノイの農家のロイ・ウェンデさんは語った。米国では2012年の干ばつ以外はここ数年豊作が続き、トウモロコシ、ダイズの穀物価格は下落傾向にある。エタノールの生産がなければ一段と下落していただろう。
世界ではパームヤシ、サトウキビが、バイオ燃料として注目されてきた。しかし、これらの製造では、生産地の熱帯、亜熱帯地域の森林を伐採する懸念がある。
米国産の場合には米国側の主張するところによれば、商業ベースで採算が取れ、生産量が確保され、二酸化炭素の排出量も少なく、環境破壊の懸念もない。そして世界の食糧供給を止める心配もないという。
日本は輸送部門の低炭素化を検討している。しかし削減の決め手がないのが現状だ。
日本のバイオエタノールの中心は、サトウキビを原料にしたブラジル産だ。政府が導入拡大を決めた2008年当時、唯一、日本政府が要件としている温室ガス排出量がガソリン比で50%の削減を満たすものであったためだ。ただしブラジル産は価格の変動が激しく、供給に安定性を欠く。さらに米国農業団体らの主張では、米国産バイオエタノールの同ガスの排出量は、ブラジル産のそれとほぼ同じだ。
もちろん米国側の主張の検証が必要だが、ポートフォリオの一部を構成する一つの選択肢としてエタノールの可能性を探るべきかもしれない。
米国の農業の強さは、利益を追求することで効率的な行動をする農家、それを支える農業団体、支援企業、そして学界が合理的に動くことだ。エタノールも新しい農業関連の「商品」と言える。エネルギーという新しい分野と、農業を結びつける意欲的な取り組みだ。
振り返ってみると、日本の農業は利潤追求に貪欲ではない。すべての農家がそうではないが、コスト削減、新規技術の導入に米国ほど積極的ではない。日本の農協はようやく改革が始まったばかり。こうした米国農業の強さを,学ぶべきであろう。