【映画評】手紙は憶えている

老人介護施設で暮らす90歳のゼヴは、最愛の妻ルースが死んだことさえ忘れてしまうほど、認知症が進行していた。ある日、同じ施設にいる友人マックスから手紙を託される。そこには、ゼヴとマックスが果たすべき約束が書かれていた。二人はアウシュビッツ収容所の生存者で、大切な家族をナチスの兵士に殺されていた。そしてその兵士オットーは、身分を偽りルディ・コランダーという偽名で今も生きているという。体の不自由なマックスにかわって、ゼヴは復讐を決意。託された手紙とかすかな記憶だけを頼りに単身で旅立つが、彼を待ち受けていたのは人生を覆すほどの衝撃の真実だった…。

アウシュビッツの生存者が家族を殺した兵士に復讐するためにたどる旅とその顛末を描く人間ドラマ「手紙は憶えている」。90歳の認知症の老人ゼヴが復讐の旅に出るが、前日のことも忘れている彼は、その度にマックスからの手紙をみないと自分が何をすべきかがわからないという、かなり危機的な状況の旅だ。それでもゼヴは、復讐の相手の同名の人物を4人にまで絞り込んだ手紙を頼りに、一人一人訪ねていく。元軍人やネオナチなど、ナチスの亡霊のような人物と出会うそのプロセスは、戦後、何十年たとうと、ヨーロッパからどれほど遠く離れようと、ホロコーストは終わっていないということを告げているようだ。この物語が特筆なのは、ナチスの蛮行をテーマにしながら、過去はいっさい描かず回想シーンも使っていないということである。現代のみを背景に歴史の暗部をたどるその手法がアウシュビッツの生存者たちのリアルをあぶり出して、巧みだ。そしてついにたどりついた宿敵の前で知らされる衝撃の事実と復讐の意味を知って、言葉を失う。ところどころに出てくる、ピアノ曲や終盤に登場するワーグナーなど、音楽の使い方が効果的だ。人間は誰もが老いる。記憶はどこまで自分と寄り添ってくれるのか。カナダの巨匠アトム・エゴヤンが描く、静かだが戦慄のロードムービーは、クリストファー・プラマー、マーティン・ランドー、ブルーノ・ガンツら、ベテランの名優たちの厚みのある演技で忘れがたい作品に仕上がっている。
【70点】
(原題「REMEMBER」)
(カナダ・ドイツ/アトム・エゴヤン監督/クリストファー・プラマー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロホノフ、他)
(衝撃度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。